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第29話 誘惑
全く欠片も覚えてなどいないが、そんな風に言い切るからには真実なのだろう。
恥ずかしいなぁ……。
何やってんだよ、5ヶ月前の俺ぇ……
赤く染まった顔を見られないようそっと隠れるが、顔を押し付けたそこが松崎の首筋だと、動揺しきりの裕翔は気付かない。
………にしても、なんで俺、松崎さんならいい、なんて思っちゃうんだろ。
他の男なんて……女の子ですら、マッチョでもノンマッチョでも、キスしたいなんて思わないのになぁ……。
………あ! もしかして、松崎さんゴリラだから、ペットとキス感覚?
………いやいや、他にも先輩達の中にゴリラいっぱい居るし、ペットでもキスするなら小動物以外はちょっとな…。
ネコや小型犬なら良いけど、猿系は無いな、猿系は。ゴリラどころか、チンパンジーもニホンザルも嫌だ。
ピグミーマーモセットやリスザル………、うぅ〜ん………、アリ寄りのナシ!
ふと、髪を撫でられている感覚に気付き、裕翔は顔を上げた。
ふわわっ! 優しい顔のイケメンゴリラ!!……より、ちょっと男前…? 人間な分、ちょびっとだけ。
つかさー、この人 絶対、俺のこと好きだよね……。
なんで言って来ないんだろ。
言えばいいのに。そしたら俺だって考えるのに。
ずるりと身体を落として、硬い胸に頬を擦り付ける。
「おーおー、寝ろ寝ろ」
背中に添えられた手が、寝かし付けるようにトン──トン──とやんわり叩いた。
…………きもちい………
お風呂上がりのボディソープの香り。パジャマからは仄かに爽やかなマリンの柔軟剤が香る。
温かくて、逞しくて、優しいぬくもりに、裕翔はゆっくりと夢の世界へと誘 われて………………
「──────はっ!! 眠ってたまるか!!」
「なんでだよ!?」
「あっぶな……!負けるトコだった!」
「何と勝負してんだよお前は……」
ビクリと跳ね起きた裕翔は、松崎の膝にしっかりと座り直した。
「もー、人にここまでエロい格好させといて、なんにもしませんは無いんじゃないですか!」
「あーー……、なぁ?」
♢
膝の上の奴に至近距離で指差しで怒られんのは初めてだな。などと松崎が現実逃避してしまうのも無理は無い。
本人の言う通り、今の裕翔は頗るやらしい。
特に松崎にとっては、性別なんてどうでも良くなるくらいに理想そのものの顔をした性格 まで可愛い子が、自分のパジャマ(彼シャツならぬ彼パジャ)を着崩して、自分の選んだエロいパンツ(形くっきり)をチラ見させて、可愛らしい桃色乳首を見せ付けながら迫ってくるのだ。
さっきから下着の中で窮屈そうにしている我が子を引っ張り出して、目の前の子猫にブチ込んでやりたい。
身体だけならとっくに臨戦態勢だ。
けれどやっぱり、忘れられるのは嫌なのだ。
自分だけが覚えているハジメテ。起きれば相手はすっかり忘れていて、寝ている人間を襲ったのか強姦野郎などと罵られるのは絶対に御免だ。
前回の翌朝、前夜の遣り取りをまったく覚えていなかった裕翔に、最後までやらなくて良かったと胸を撫で下ろした事は未だ記憶に新しい。
今回もきっとそうなる。
が、しかし! 今回も途中で止まれるかは定かでは無い。
一回イッても眠らなかったらどうする。
この調子で尻突き出してエロく誘われたらどうする。
止まれるのか、俺は!?
このエロ可愛い男サキュバスの前に、俺の理性など余りにも無力ではあるまいか!?
「………ところで、何やってんだお前…?」
胸の辺りで何かゴソゴソと動いていたことは気付いていたけれど。
いつの間にかパジャマのボタンが、二つ三つと外されていた。
「健吾さんも脱ご?」
首を傾げてニコッと小悪魔スマイル。
可愛い………。途轍もなく可愛い………が、
「櫻井クン? おっさんもう寝るからパジャマ着せといてな」
「ぶぶー。ちがいます。ひ・ろ・と・クン、です。チュッ」
また唇を奪われた。
襲われてる……。襲われてるよな、俺。
こんなおっさん襲って何が楽しいの、ヒロト君……………
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