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第30話 可愛いおねがい
「あーー……、何がしたいの、ヒロト君は…」
触れるだけのキスを繰り返す裕翔の顔を押しとどめ、松崎は弱り顔で眉尻を下げる。
「え? ……なんだろ…? うー……?」
発したそれは、質問などでは無かったのだが……
裕翔はなんだかテレテレしながら、自分なりの答えを模索しているようだ。
「……あっ、あった!」
そして見つけた、自分のしたい事。
嬉しそうに笑うと、裕翔は松崎の脇に両手を差し込み、胸にきゅっと掴まった。
「健吾さん。俺に、オトナのキスを教えてください」
「───ぶほっ…!?」
上目遣いの可愛いお願いに、思わず咳き込んだ松崎だったが、大物投下の爆弾魔は、「ウホッて言った!やっぱりゴリラだ」等ど失礼なことを言いながらきゃらきゃらと笑っている。
松崎の方には今や、“ゴリラ”に反応してはたく余裕も無いというのに。
「あー……、オトナの…キス? そんなんお前、とっくに経験済みなんじゃねぇの?」
そんな綺麗な顔してんだから、と松崎がなんとか言葉を見つければ、
「無いですよ。したいと思った人が今まで居なかったから」
何でもない顔をして、またサラッと爆弾を投げつけてくる。
───そりゃお前、今までは居なかったけど、貴方とはキスがしたいです、って……モロ告白じゃねぇか!
しかし本人は分かっているのかいないのか、小首を傾げ、無言で身悶える松崎を不思議そうに眺めている。
「……んじゃ、なにか? お前、童貞?」
「………ですけどぉ?」
若干恥ずかしそうに目を伏せる様がまた堪らなく可愛く見える。
「つか、……男と付き合った経験は?」
「無いですけど…」
「未通か?……あー、つうのは聞いても良いやつ? 処女かどうかっうーのは」
「………………」
瞬間まあるく見開かれて、松崎を見上げたヘーゼルの瞳が、やがて そっと気まずそうに逸らされた。
「………男経験なんて……無いです……。えっち」
本人は、煽っているつもりなど無いのだろう。
しかし松崎の目には、積極的に唇を押し当ててきていた先程までよりも、今の照れた仕草のほうが余程扇情的に映った。
見事ハートを撃ち抜かれ、扉が一つ開いてしまったのだ。
「わかった。教えてやるよ、オトナのキスってのを」
格好つけて言ってはみるもの、裕翔の反応を待つ余裕は無い。
煽られて、煽られて、煽り尽くされてもう限界だ。
やっぱりいいです!と断られたところで、それはもうこっちがごめんなさいだ、止まれるわけがない。
「後悔してもしらねぇからな」
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