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第40話 ずるい男

「はあぁぁ………、よかった……」 「よくないっ! 布団返せっ!!」 松崎の手に端を握られたままの掛け布団を奪い返す。 「あー、コラコラ。そりゃあうちの布団だ」 お前のじゃないから返しなさい、とは正論だけれども。 「やだ」 確かにこの掛け布団は、松崎の私物かもしれない。しかし裕翔の籠城用アイテムでもある。 寧ろ今は、此方の用途としての重要性の方がよっぽど上だ。 大体、布団の中の裕翔は一糸纏わぬすっぽんぽん。 昨夜の交わりを無かったことにしようとしている男に、見せてやる生肌などあるものか。 「あー……、裕翔くん…?」 「………………」 「俺のこと、好きなんだよな?」 「…………俺のこと好きじゃない人には教えません」 「あー……そっかぁ。そりゃ残念だ」 こんな風に、誰かを思って泣くのは、はじめての経験だ。 付き合った数だけは片手を超えるもの、いつも告白は相手から。可愛いな…と思えばそれを『好き』と勘違いして、一緒にいる時はそれなりに楽しいのだけれど。 暫く付き合うと皆「なんか違う」と別れを切り出す。その勝手な別れの理由に、悲しみや切なさよりも、どうしてそんな事を言われるんだろうと苛立ちばかりが募って。 自分は自分らしく生きているだけなのに、その顔でそんなに食べるの?だとか、お菓子作りが趣味だと言えば、男なのに? 世の中に男のパティシエや和菓子職人が何人いると思ってるんだ!? じゃあお前、男パティシエの作ったお菓子、もう一生食うなよ! そんな大人気無いことを、たった23年足らずの人生で一体何回思ったことか。 この人もきっと、自分が想像していた通りの人間じゃなかったから、だから………俺のこと、捨てるんだ───!! 「うぅー………」 次から次から涙が溢れて止まらない。 こんなに好きにさせておいて、逃げようなんて、ずるい!! 「あー、ほら、そんな泣かねぇの。かわいー子の涙には弱ぇんだよ、おっさん」 自分で泣かせてるくせに…… 「きのうっ、だって、……ひっく」 いっぱい泣かせたくせに…… 「いや、気持ちよくて泣いてんのと、悲しくて泣いてんじゃ違うだろうが」 布団の上から、ふわりと包み込まれる。 「っ!………なんの、つもり…っ」 「好きな子が泣いてんの見て、放っとける質じゃねぇの。だから、抱き締めてんだよ」 「!? うそだ…っ」 「嘘じゃねぇの。こっちはお前が入社する前から惚れてるっつーのに。やっとの思いで懐かせたと思ったら、なんで直後に誤解されてフラレなきゃなんねぇの」 「……………誤解…?」 聴きのがせない台詞に、裕翔は布団からそろりと顔を覗かせる。 「そう。誤解」 「…………説明を求めます」 胸を押して抱き締める腕を離させると、松崎は両手を挙げ、困ったように笑い……。 宣誓した。 「はい。誠心誠意ご説明させて頂きます」

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