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第44話 可愛い恋人からの…

「ところで、健吾さん」 ご機嫌な様子で甘えてくるにゃんこ。 緩んだ顔でキスしようと唇を近づければ、掌でグイッと押し返された。 「オイッ」 「オイじゃないの。俺のパンツは? 着替えが無いと、いつまで経っても布団から出られないんですけど」 「んな、精液でドロドロのもん、いつまでも穿かせておけねぇだろ。今、洗濯…」 「…(ちゅう)?」 「…カゴの中に放置………」 「やだ!困る!パンツ!」 「しゃーねぇだろ。夜中に洗濯機回せるかよ。うちは一軒家じゃなくてマンションなんだぞ。近所迷惑だ」 「えー! じゃあ貸してください。健吾さんので我慢するから」 「お前、LLのトランクス、穿けんの?」 「穿けるかっ!」 「なら、ノーパン決定っつーことで」 「やだやだっ! 早く洗ってきて!」 「おまっ……、上司に向かってスゲェ口叩くなぁ…」 「その上司が、俺のパンツ汚したんです!」 「いや、ほぼほぼお前の出したモンだぞ? お前3回で、俺はたったの1回お前の口のナ…」 「洗ってこーいっ!」 「………はいはい」 フッと笑みを零すと、松崎は渋々と言った様子をわざと見せ、ゆっくりと立ち上がった。 本当はこんな我儘も可愛く思えて仕方ないのだが、本人にそれが悟られてしまえば、恥ずかしがって甘えてくれなくなってしまうかもしれない。 「あっ、健吾さん! お腹も減りました!」 「はいはい。パン食う?米?」 「んーと……パン!」 「了解」 「あっ、それと、健吾さん」 「ん?」 振り返ると、裕翔に掛かっていた掛け布団が肩からパサリと落ちた。 隠されていた白い肌が露わになる。 昨夜弄り倒され腫れていた胸の飾りからは赤みも抜け、何も知らない無垢な桃色に戻っている。 痕を付けないように気を付けたから、肌には情交の痕跡は残されていない。 ……いや、ひとつだけ。 縦長に凹んだおへその横にポツンと赤い内出血。小さなキスマークだけが、松崎が裕翔に残した傷痕だった。 「───こっち」 愛し合った証──たったひとつの赤い吸い痕を愛おしく眺めていると、伸びてきた手に腕を引かれ、ベッドに腰掛けさせられた。 寝起きで先ほどまで泣いていて、本当なら乱れていてもおかしくないのに……いつもと同じ、いや、いつもよりも輝いて見える、恋人になったばかりの部下の綺麗な顔が、気づけば間近に迫ってきていて……… 「ちゅっ。……おはようございます」 可愛いリップ音と共に押し当てられた朱い唇。 目元をうっすら赤く染めて、へにゃんと蕩けるように笑う。 「…………裕翔クン、おっさん朝から誘われてる? これ、今日は挿れてもオッケーですよーって合図?」 「違います。パンツとご飯、早くお願いします」 「いやいや、そうは言っても、俺のムスコもすっかりヤル気に満ちていて」 「その前に健吾さんも、おはようございます、でしょ」 「おはようございます。頂いても宜しいでしょうか?」 「ダメだって言ってるでしょ。  あ!そーだ。俺、初めての相手はイケメンが良いんで。イケメンゴリラじゃなくて、人間がいいんで。なんで、髪伸ばしてください」 「はっ!? なんで髪!?」 「あの写真の、大学時代の健吾さんだったら初めてをあげてもいいかなぁって思ったんです。  なので、伸びたら挿れさせてあげますね」 「いやいや……え?なんで上から……」 「可愛い恋人からのおねがい。  ………聞いてくれますか?」 聞けるか聞けないかと訊かれれば、心情的には聞きたくない……一択だが……… 『可愛い恋人からのおねがい』……… ───聞かないわけにはいかないだろう! だって、本当に文句なく最強に“可愛い”のだから。 聞きたくないが、聞かざるを得ない。 これが惚れた弱みというものか…!? 「…………育毛剤買いに行こう…」 「!………ぷふっ、なにそれぇ」 つい口から零れ落ちた脳内での決意を笑われてしまった。 「あー、あとアレだ。もうお前、ここに住め」 「!? なんですか急に。いきなり同棲のお誘い?」 目をぱちくり、甘えたな恋人の顔で首を傾げる裕翔に、松崎は自分用のパンツと一緒に取り出した着替えの長袖シャツを渡した。 シャツは3Lサイズの自分の物だ。当然、下に穿くものを出すつもりはない。 まあ、出したところでどう考えてもブカブカ3サイズ上の物、穿いても邪魔にしかならないからすぐに脱ぐことになるのだろうけれど。 ぴったりサイズの下着は用意しても、部屋着を買ってやることはしないと、松崎は決めていた。 折角体格差があるのだから、男の浪漫『彼シャツ』姿を味あわない手はない。 「取り敢えず今晩もここ泊まっていって、明日はうちから出勤しろ」 上手い飯食わせてやるから、と誘う松崎。 裕翔はその魅力的な誘い文句に小考すると、 「スーツ無いから無理ですよ。今日はうちに帰らないと」 このサイズ差では松崎のスーツを借りて出勤、なんて土台無理な話、と正論で断りを入れる。 「そこら辺の量販店で俺が買ってやる。大体お前は新人のくせにハイブランドのスーツなんか着やがって、俺らが見劣りすんだろーが」 松崎の反論は、少し的がずれた。 「えっ、なにそれ!? 営業部の上司って、そんな安モンのスーツじゃなくてもっとちゃんとした物を着ろって、逆に高いスーツ買ってくれる生き物じゃなかったの…!?」 「そんな上司がいたら、お前に下心しか無い奴だろ!」 自分の下心は棚に上げて忠告する上司。 もういいから大人しく待ってろ、洗濯とメシ作りに行ってくる、とパンツ一丁で寝室を出ていくが…… 「毎晩 尻穴弄って開発して、向こうから挿れてくれって言わせてやる……」 ドアを閉める間際、また心の声が口から漏れ出している。           ♢ その逞しい後ろ姿を見送った裕翔は、小さく笑って肩を竦ませた。 「あの人、ほんとに俺のこと好きだよねぇ」 勝手に顔がだらしなく緩んでしまう。

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