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第45話 ゴリ可愛い
営業先から社に戻ったばかりの裕翔は、休憩室のコーヒーマシーンの前に立っていた。
「松崎さんはいつもの、ブラック濃いめで良いですか?」
「おー。サンキュー」
砂糖なし、ミルクなし、濃いめを設定してからブレンドを押す。
暫くすると、カップの中に濃い色のコーヒーが落ちてきた。
こんな苦々しい物よく飲めるよな…、と裕翔は黒々とした液体を眺めながら思う。
酒の呑み方もそうだ。やたらに高い濃度のサワーに、芋焼酎をロックでだとか。到底理解できない。
裕翔はほんの少しのアルコール量でもすぐに酔ってしまうのに、松崎の体内はアルコールを素通りさせることが出来るのだろうか。
それに、裕翔は紅茶は兎も角コーヒーをブラック で飲むことは殆ど無い。
砂糖多めのミルク3分の2が裕翔の好きな配分で、初めてその淡い色のコーヒー飲料を見た時の松崎の渋い顔は、未だに忘れられない。仕事で怒られることの無い出来る 新人に、上司があんな顔を向けてきたのはそれ1回きりだ。
飲み物の好みはとことん合わない。
けれど、こと食べ物に関しては裕翔の胃袋をガッチリ掴んで放さない。毎回好みに激刺さりの物を出してくるのだから……、家に通わないわけにはいかないだろう。
行けば必然的に泊まりに持っていかれる。
今や松崎の家には裕翔の着替えが常備され、食器も歯ブラシも、シャンプー・コンディショナー・ボディソープに………。
昨夜も家に連れ込まれ、美味い食事をたらふく与えられた後、風呂上がり、お姫様抱っこでベッドへ運ばれ、散々身体を弄り倒された。よもやあんなぽっこりお腹が常だとは思われてはいまいな、と心配になる毎度の流れだ。
トロトロになるまでキスをされて、耳を食みながら好きだと囁かれ。
摘まれ過ぎで乳首は未だに腫れて痛いし、お尻の穴だって……。
まだ未通ではあるけれど、口と指とで拡張されつつある秘所は、時折、イタズラされている時のことを思い出したかのように疼くことがある。
「コーヒーどうぞ」
「おう。ありがとな」
例えばこんな時。
傍らに寄ってコーヒーを渡して、自分の分も用意しようと離れようとした瞬間。
ぽん──と本当に軽いボディタッチをお尻に受けて、後ろはズクン、前はじゅくりとうっすら濡れてしまったり……
「……健吾さんのエッチ…」
涙目で振り返れば、ニヤリと意地悪く笑われる。
「どうした、櫻井? 早く自分のコーヒー用意しねぇと、休憩時間終わっちまうぞ〜。お前猫舌で熱 ぃのすぐに飲めねぇんだし」
「〜〜わかってます!」
砂糖増量、ミルク増量。ボタンを押すだけでは増量するだけで、裕翔好みの濃さにはならないけれど。
背後から異様に熱い視線を感じながら、カフェオレが落ちるのを待つ。
尻に集中して刺さるエロい視線は無視するに限ると、一心に流れ落ちる白と茶色の液体を見つめていると、
「あー…、早く俺の物になんねぇかな……」
無意識か、それとも意識的に聞かせようとしているのか、松崎がポツリと吐き出す。
バッと振り返ると、やはり意図せず口に出してしまっていたのか、裕翔の視線に気付くと照れ臭そうに笑いながら指先で頬を掻いた。
───可愛いじゃないか…!!
ゴリ可愛いって言うの?
…いや、最近ウル(フ)可愛いも入ってきてるような……。
髪、大分伸びたよね。もうそろそろいいかなぁ…とも思うんだけど……。
でも、もうちょっとなんだよな。俺と同じ長さになるまで。
今、いいよって言っちゃったら、ゴリラでも好き、ってバレちゃって恥ずかしいし……
───って、そもそも可愛いってなんだよ、俺!
なんでこんなデカくてゴツい男相手にそんな事を思ってしまうのか……。
惚れた弱みか、それとも誰から見てもこの人は可愛く見えるのか。
………他の人の前では可愛いところ見せないでくれないかな……。
松崎本人から何度も言われている言葉が頭に浮かんで、漸くその意味がすんなりと胸に落ちてきた。
こんな気持ちで言っていたのか。こんな風に可愛く見えていたのか。
…まあ、俺は健吾さんと違って元々フツーに可愛いんだけど。
「そう思うんだったら、早く髪の毛伸ばしてください」
自分だって待っているんだという事を暗に伝えると、「もうコレくらいで良くねぇか?」と不貞腐れた声で返される。
本当は、早く繋がりたいと思う自分も居なくはないけれど……。それを伝えるのは恥ずかしいし、なんだか負けた気になりそうだ。
「………まだ、だぁめ」
「クッ……ソ可愛い声出しやがって……。やっぱ育毛剤、高いやつに変えるか…?」
「何言ってるんですか。今だって1本数万もするものに手出しておいて」
「いや、もっと良いやつがあるって人事部長から聞いたんだよ。一気に伸びるってんなら少しくらい高くても良くねぇか? 1本買やぁ終わるだろうし、余ったら人事部長に流せば…」
「髪薄くないのに勿体無いですよ。それに、人事部長の頭見れば効果なんて一目瞭然でしょう。そんなムダな事にお金使うくらいだったら、俺に使ってください」
「お前に?………ベビードール…?」
「っ!? なんでベビードール!?」
その時、ピーッと音がして、コーヒーが落ち終えたことを機械が知らせた。
裕翔は文句を言うのを諦めて、松崎にくるりと背を向ける。
「おっ、松崎さんに櫻井。お疲れ様です」
裕翔がコーヒーマシンからカップを手に取ったタイミングで、休憩室に同僚が入ってきた。
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