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第5話
「朱鳥ちゃん?……もしかして俺のこと知ってる?」
すぐ背後に郁人の気配を感じる。僅かに零した「郁人」という言葉を聞いてしまったのか、
そう問われて動揺した。晶は恐る恐る振り返り目の前の郁人を確認する。心配そうに自分を見つめる郁人。ここまで俺を追って来てくれたのか……ああ、違う。郁人は朱鳥を追ってここまで来たんだ。
悲しい──
自分から仕掛けておいて後悔しか湧いてこない。郁人は好きな女にはこんなに優しい顔をするのかと、晶は複雑な思いで郁人の頰に両手を添えた。「俺のこと知ってる?」……知ってる。俺の大好きな郁人。幻滅されるだろうか。気持ちが悪いと罵られるだろうか。想像するだけで涙が溢れそうになる。ごめんと声を出そうとしたら郁人の唇が自分のそれと重なった。
晶は頭の中がまっ白になった。郁人も自分のした事に驚き慌てて体を離す。
ああ、
やっぱり大好きだ──
そう思った途端、また郁人がキスをした。今度ははっきり意思を持って。愛おしいという気持ちが郁人から怒涛の如く押し寄せてくる。嬉しさがこみ上げると同時にこれは朱鳥に向けられた感情であって自分ではないのだと思い知らされる。郁人にぎゅっと抱きしめられ、これ以上はもう無理だと、晶は意を決して声を発した。
「ごめん」
この一言で郁人は全て理解した。思った通り困惑している。それでも罵られるどころかキスをしてしまってごめんと謝られてしまった。
「違うんだ、そうじゃない……キス、嬉しかったんだ……好き、だから」
言ってしまった。もう終わり──
そう思ったのもつかの間、事もあろうに郁人が言った言葉に晶は呆然とした。
「俺も好き! びっくりしたけど……多分好き。付き合ってみる? てか俺と付き合ってください」
郁人はこの状況でなんでこんなことが言えるのだろう。朱鳥じゃないのに、晶だとわかってのこの告白。酔いの勢いで言っているのか? でも晶は知っていた。郁人が適当にこういうことを言う人間ではないことを。
「嘘だ! 馬鹿じゃねえの? お前まだ酔ってんだろ……そんな簡単に、そんな事……言うなよ」
嬉しくて涙が止まらない。泣き顔を見られるのが恥ずかしくて晶は両手で顔を覆った。郁人はそんな晶を見ながらヘラヘラと笑っている。クールな晶が感情に任せて泣いているのが新鮮だと言ってまた抱きしめた。
「はい、とりあえずこれ、またかぶって……」
郁人にウィッグを手渡される。着替えもクラブに置いてきたしいつまでも一聖の部屋にもいられないからと言われ、晶は黙って身なりを整えた。
郁人に肩を抱かれて外を歩く。「こうしてるとほんとカップルみたいだな」と笑う郁人。晶はまだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
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