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第4話 不協和音

午前中の授業が終わってお弁当を広げる。ここは男子校だから、お弁当を持って来る人は少ない。ほとんどの人は食堂に行くか、購買でパンを買って食べる。その少ないお弁当派の拓真が、弁当箱を持って僕の前の席に座った。 「玲の弁当、今日も美味そうだな。どう?体調は治った?」 「うん、もう大丈夫だよ。拓真は心配性だね。それに、拓真のお母さんが作ったお弁当の方が美味しそうだよ」 「そうかなぁ?あ、そうだ。また家に遊びに来いよ。母さんが会いたいんだってさ。玲のこと、気に入って連れて来いってうるせーんだよな」 「そうなの?ふふ、ありがとう。おばさんのケーキ、美味しかったし僕もまた行きたい」 「おう、そう言っとくわ。喜んで、またケーキ作ると思うぜ」 そんな他愛の無い話をしながら、お弁当を食べる。卵焼きを一切れ口に入れて、ちょっと甘すぎたかな…、と思っていると、拓真の「あれ、玲の兄貴じゃね?」と言う声がした。 僕は、慌てて拓真が見ている先へ目を向ける。悠ちゃんがお弁当箱を持って、中庭の奥まった場所にあるベンチに向かうのが見えた。 「なあ、あれって玲が作った弁当だろ?玲の兄貴って、玲に素っ気ない態度取る割に、玲を大切にしてるよな〜。あれか、ツンデレってやつ?」 拓真の的外れな言葉に、僕は苦笑いをした。 「悠ちゃんは…僕がトロくてドジだから嫌なんだよ。兄だから弟の面倒を見ろ、って言われるだろうし。特に今は、家から離れて二人で暮らしてるから、悠ちゃんが僕の保護者みたいなものだしね…」 「まあ…確かに玲はドジだけどな。よし、兄貴が嫌がっても俺が面倒見てやるから、何でも言えよ?」 「え、そこ納得しちゃう?まあいいけど…。ふふ、やっぱり拓真は心配性だね。ありがとう、頼りにしてるよ」 「お、おう…」 僕が上目遣いで拓真に笑いかけると、拓真はなぜか挙動不審になって、お弁当に顔を突っ込む勢いで、がつがつと残りのおかずをかき込み出した。 僕は、目をパチパチとさせて拓真を見ていたけど、もう一度、中庭の隅にいる悠ちゃんに目を向ける。悠ちゃんは、一つ一つ味わうように、おかずを口に入れて食べていく。そこに、悠ちゃんの友達の七瀬 涼(ななせ りょう)さんが来て、悠ちゃんのお弁当から卵焼きを摘んで口に入れた。途端に悠ちゃんが怒り出して、涼さんの頭を軽く叩いた。そして、お弁当を涼さんから隠すようにして、パクパクと急いで食べ出した。 まるで、僕が作ったお弁当をとても大事な物のように扱うその姿に、僕の胸が熱くなる。嬉しくて、思わず泣きそうになってしまった。 家で食事をする時は、いつも無表情で食べるから、美味しいと思ってるのかどうかもわからない。でも、涼さんに卵焼きを取られて怒ったって事は、少しは美味しいって思ってくれてる? ーーねえ悠ちゃん…どうして僕の前では、何も示してくれないの?何も言ってくれないの?僕が…邪魔なの? つい先ほど嬉しいと思った心が、すぐに苦しくなる。もう食欲も無くなってしまった僕は、お弁当箱の蓋をそっと閉じた。

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