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第8話 不協和音

駅に向かう途中で、拓真に『ごめん、今日は一本早い電車で行くから』とメールを入れておいた。 いつもの時間の電車ではないけど、いつもの車輌のいつもの場所に乗り込む。一本早くても、やっぱりかなり混み合っていた。 ーー今日は拓真がいないから、もしかして途中で気分が悪くなるかもしれない。 そう覚悟して人混みに揉まれていると、ふ、と僕の周りに空間が出来た。不思議に思って顔を上げた瞬間、ドキンと心臓が跳ねる。 「ゆ、うちゃん…?どうして…」 「玲、おまえ…、こんな満員の電車に一人で乗ったら危ないだろ。それに…なんでそんな目をしてる?」 そう言って悠ちゃんは、僕の目の下を親指でそっと撫でた。久しぶりに悠ちゃんに触れられたことが嬉しくて、僕は思わず目を細める。悠ちゃんの手が僕の頰を滑り、親指が唇に触れた。思わずピクリと唇を震わせると、悠ちゃんが、パッと手を離してしまう。僕から視線も外して、「危ないから俺の服を掴んでろ」と言ったきり、黙ってしまった。 すぐにいつもの悠ちゃんに戻ってしまったけれど、僕を心配して追いかけて来てくれて、僕に触れてくれて、そのことがすごく嬉しくて、鼻の奥がツンとなる。僕は悠ちゃんのブレザーを掴み胸に頭をつけて俯いた。僕の目から零れ落ちた涙が、ポタリポタリと床を濡らしていくのを、しばらくぼやけた瞳で見ていた。 電車が着いて改札を出るまで、悠ちゃんは、僕の傍にいてくれた。改札を出るとすぐに、スタスタと先に歩いて行ってしまう。僕が慌てて「悠ちゃんっ、ありがとっ」と声をかけると、チラリとこちらを見て行ってしまった。 昨夜は一晩中悲しかったけど、今はすごく良い気分だ。僕は足取り軽く、悠ちゃんの後を追いかけるように学校へ向かう。 でも、まだ五月だというのに夏のように暑い陽射しには、身体の弱い僕は気をつけないといけなかったんだ。ましてや、睡眠不足の上に、きちんと食事を摂っていなかったのだから…。

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