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第9話 不協和音

この日の最後の授業は体育だった。僕が高校に入学してから一ヶ月が過ぎ、初めての体力テストを行っていた。 結局、寝不足のせいか食欲が無く、お昼もお弁当を半分ほどしか食べれなかった。僕が食べれなかったハンバーグを拓真にあげると、とても喜んで食べてくれた。その様子を見ている時は、体調は悪くはなかったんだけど…。 体力テストが始まって十分ほどすると、例年よりも高い気温に僕の体力が奪われて、目眩がしてきた。 先生に言って休ませてもらおうかな…、と迷っているうちに、ますます目眩がひどくなって目の前が一瞬暗くなる。『あ、まずい…』と思った時には遅く、僕の目前に地面が迫っていた。 そして、ドンッ!と鈍い音が聞こえて、僕は意識を失った。 ズキンズキンと額に痛みを感じて、ゆっくりと瞼を開ける。ぼやけて見える瞳を何度か瞬かせて、周りを見回した。保健室のようだけど、少し様子が違う。 ーー僕、倒れたんだよな…。ここ、どこだろう…。 ぼんやりと考えるけど、まだ目がグルグルと回って気持ち悪く、その上額も痛い。僕は小さく息を吐き、再び目を閉じた。 ゆっくりと呼吸を繰り返していると、扉が静かに開く音が聞こえた。 ーー誰か来たの? 僕に近付いて来る足音が誰なのか気になったけど、気持ち悪くて目が開けられない。そのまま目を閉じていると、誰かがベッドの横に置いてあった椅子に座った。そして、温かい手が僕の頰に優しく触れる。 「玲…」 聞こえてきた声に、僕は思わず飛び跳ねそうになる。 ーー悠ちゃん…?心配して来てくれたの? その疑問を口にする為に、目を開けようとしたその時、ふっ、と顔に影が差して、唇に柔らかいものが押し当てられた。 躊躇うように二、三度触れて、ゆっくりと離れていく。 「玲…、無理するなよ…」 悠ちゃんの声があまりにも優しくて、僕の胸が苦しくなる。触れられた唇から甘い痺れが全身に広がって、さっきまでの気持ち悪さと痛みが、どこかへ飛んで行ってしまったようだった。

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