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第15話 不協和音
この日は、一日中ほとんど部屋から出ないで過ごした。
土曜日は、悠ちゃんが朝からバイトに行った。
僕の額の傷のガーゼを張り替えながら、「ゆっくり休んでろ」と言ってたけど、もう熱もないし元気になったから、洗濯機を回して掃除をする。悠ちゃんがバイトで疲れて帰って来るだろうから、今日は僕が晩ご飯を作ろうと、掃除が終わると買い物に出掛けた。
買い物に行く道中に、悠ちゃんのバイト先のカフェの前を通った。そっとテラス席に面した窓から覗くけど、姿が見えない。まあ、悠ちゃんは目立つことが嫌いだから、厨房の補助をしてるらしいんだけど…。
チラリとでも姿を見たかったけど、実際見つかると怒られそうだから、足早にその場を離れようとした。
カフェが入っている建物と隣の建物の間の細い路地から物音がして、そちらを向く。運がいいのか悪いのか、カフェの裏口からゴミ出しに出ていた悠ちゃんと、目が合った。
「玲!なんでこんなとこにいるんだっ」
悠ちゃんがゴミ袋を放り出して僕に駆け寄る。腕を引っ張られて、人気のない路地の奥まった所に連れて行かれた。ドン!と壁に押し付けられて、僕は身動きが出来なくなる。
「おまえ…休んでろと言っただろうが。こんな所で何やってるっ」
「だ、って…っ、もう熱もないし元気になったから、晩ご飯の材料を買いに行こうと思ったんだよ…。悠ちゃん、バイトで疲れて帰って来るから、何か美味しい物を作りたいな…って」
「俺の飯なんてどうでもいい。おまえも、家に簡単なものぐらいならあるだろ。ったく…余計な事をするな。早く帰れ」
「な、なんだよっ。自分の体調は僕が一番わかってるっ。もう大丈夫だから出て来たんだ。僕が嫌いだからって、そんなに怒んなくてもいいじゃんかっ」
僕は、悠ちゃんの胸を両手で強く押し退ける。頰を膨らませて睨み付けるけど、みるみる涙が溢れて膨らんだ頰を滑って流れ落ちた。
その時、カフェの裏口の扉が開いて「おい、早く戻って来い」と言う声が聞こえた。
悠ちゃんがそちらに気を取られた隙に、僕は悠ちゃんの腕からすり抜けて駆け出す。後ろから「玲っ!」と叫ぶ声がしたけど、無視してその場から走って逃げた。
カフェからずいぶんと離れた所で足を止める。歩道に植えられた木に手を付いて、荒い息を整える。下を向いて、Tシャツの上に羽織っていたパーカーの袖で顔を拭いた。
ーー悠ちゃんのバカ…。久しぶりに喋ってくれて嬉しかったのに、怒ってばっか。僕を心配してくれてるのかと思ったけど、やっぱり面倒だと思ってたんだ…っ。
また、涙がじわりと溢れそうになったその時、「あれ?玲くん?」と優しい声が聞こえた。
慌てて顔を拭って振り向く。そこには、白いTシャツに紺のジャケットを羽織った、雑誌から抜け出てきたモデルのようにかっこいい、七瀬 涼さんがいた。
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