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第35話 掌中乃珠
俺は降りしきる雨の中、涼の家に向かって必死で走った。一応傘を差してはいるものの、顔に当たる雨粒が鬱陶しくて、何度も手で顔を拭う。
涼はいつも冗談ぽく、玲に『可愛いね』とか『嫁に来ない?』とか言ってるけど、俺は、あいつが結構本気でそう言ってるんだと思ってる。
あいつが、あんなに優しい眼差しや声を他の誰かに向けてるところを、一度も見たことがない。玲にだけだ。
俺は、涼と友達になれて良かったと思う。一緒にいると、話も楽しいし気が楽だ。
でも、涼が玲と仲良く話してるのを見ると、腹が立つ。堂々と玲に好意を示せる涼が、羨ましくて腹が立つんだ。
俺は、玲の兄でいなければならない。兄として俺を慕う玲に、俺の勝手な気持ちをぶつけて傷付けてはいけない。失望させてはいけない。
そう決めて、ずっと気持ちを抑え込んできた。
もし、玲に好きな奴が出来たら、兄として見守ってやろう。そう思っていたのに。
いざ、玲が誰かのものになるかもしれないと思うと、怒りで、恐怖で、身体が震える。
俺の胸の奥深くに抑え込んでいた玲への気持ちが、収まりきらずにじわりと溢れ出してくる。
やっぱりダメだ。玲は誰にも渡したくない。本当は俺の腕の中で、大事に大事に守ってやりたい。
でも、この気持ちを玲に伝えて拒絶されたら俺はどうする?素直に諦められるのか?いい兄として徹することが出来るのか?今ですら、いい兄になりきれてないのに?
ぐるぐると頭の中で同じ事を何度も考えながら、逸る気持ちのまま、涼の家へとひたすら走った。
走り続けながら、ふと思い出す。
玲を初めて見た日も、確か雨が降っていたように思う。
俺と玲が兄弟になったあの日ーー
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