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第36話 掌中乃珠

俺が玲を最初に見た感想は、『天使がいる』だった。 さらりとした黒髪に天使の輪っかが光っていて、白くてぷっくりとした顔にピンクのほっぺ、くりくりの大きな目、小さな鼻に小さな赤い口、その口に咥えられた指はぷにぷにとしている。 俺は一瞬で目を奪われて、『この子のそばにいたい』と強く願った。 俺の記憶の中では、玲は俺にとても懐いていて、四六時中、俺の傍から離れなかった。あの小さなぷにぷにの手で俺の手や服を掴み、大きな目をキラキラとさせて、小さな口で舌足らずに「ゆうちゃ」と呼ぶ。 誰よりも俺にくっ付いて名前を呼んでくる玲が、可愛くて可愛くて仕方なかった。 俺の母親は元々身体が弱く、それなのに俺を無理して産んだのもあって、俺が半年ぐらいの時に死んでしまった。 玲の父親も、玲が産まれてすぐの頃に、事故で亡くなったそうだ。 玲の父親が死んで、玲の母親が働き出した会社の取引先が、俺の父親のいる会社だった。 玲の母親の会社に俺の父親が何度が行くうちに知り合い、お互いパートナーを亡くしていることから、何度も相談しているうちに、二人とそれぞれの子供達とで、新しい家族を作ろうということになったらしい。 そして、俺が三歳、玲が二歳の時に、二人は再婚した。 玲の母親は、綺麗で優しくて柔らかい雰囲気の人だったから、俺はすぐに懐いた。そして、俺は三歳とはいえしっかりしていた方だったが、所詮まだまだ小さな子供だったから、いつの間にか玲の母親は本当のお母さんで、玲も可愛い実の弟と思うようになった。 朝起きて、目の前にある玲のぷっくりとした可愛い顔を見ると、すごく幸せな気持ちになった。 俺が先に起きていなくなると、後で玲が泣きながら起きてくるから、俺はいつも玲が目を覚ますまで、髪の毛を撫でたりほっぺを突ついたりして顔を眺めていた。そうしてると、ゆっくりと玲の瞼が開いて俺を見る。俺を目にした途端に花が咲いたようにパアッと笑って、舌足らずな声で「ゆうちゃ、おはよ」と言うんだ。 俺は胸がきゅうと締めつけられて、思わず玲を抱きしめる。そして、ほんのりと香る甘い匂いを嗅ぎながら、「おはよう、玲」と言う。 そういう幸せな朝を、俺が小学五年生になるまで繰り返した。

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