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第37話 掌中乃珠
俺が幼稚園に入った時は、大変だった。
母さんが、俺を幼稚園の門から見送って「行ってらっしゃい」と手を振る。俺も「うん!行ってきます!」と手を振り返して門の中へ行こうとすると、玲が俺の鞄を掴んで付いて来た。
慌てて母さんが玲を抱き止めると、「僕も行くっ」と大泣きをする。
「玲はまだ行けないのよ」
そう母さんが話すけど、「ゆうちゃと行くっ」と泣き叫ぶ。
そのあまりにも悲痛な顔を見てると、俺は家に引き返してずっと玲の傍にいてあげたいと思ってしまう。
でも、そんなことをする訳にはいかないのはわかっていたから、俺は玲を抱きしめて、「玲、泣かないで…」とひたすら小さな背中を撫でた。
しばらくして泣き声が止み、ひくひくとしゃくり上げる玲の柔らかい頰を両手で挟んで、俺は顔を覗き込む。
「玲、俺は幼稚園に行かなきゃいけないんだ。でも、家に帰ったらいっぱい遊んであげるから、お母さんとお家で待ってて。玲のしたい遊びを何でもしてあげるし、俺のおやつもあげるから。ね?」
俺の言葉に、玲は涙でぐしゃぐしゃの顔をコクリと縦に動かした。俺は鞄からタオルを出すと、玲の顔を丁寧に拭いてやる。間近で見る玲の悲しそうな顔に胸を痛めながら、玲の頭をくしゃりと撫でて、俺は幼稚園の中へ入って行った。
一ヶ月ほどそんなことを繰り返してようやく玲は、俺に「行ってらっしゃい」と言えるようになった。
その代わり、幼稚園から帰って来ると、前にも増して俺にべったりと引っ付いて離れない。
でも、そんな玲を鬱陶しいなどと思うことは一切なく、俺はますます玲が可愛くて堪らなくなった。
一年後、玲も幼稚園に入園してきた。俺は行きも帰りも、柔らかい玲の手を繋いで歩いた。
幼稚園に入ると玲は少し我慢強くなって、お互いの教室に向かう時に寂しそうな顔はするけど、俺に付いて来ることはなく、小さく手を振ってちゃんと自分の教室に行っていた。
俺は自分で言うのも何だが、幼稚園の頃にはもう、女の子に人気があった。たくさんの女の子が俺と遊びたがって寄って来る。俺の誕生日や、バレンタインの日には、数え切れないほどのプレゼントやお菓子をもらった。
ほとんどの女の子達は、長い髪の毛を可愛らしいゴムやリボンでくくって、ふわふわのスカートを履いていて、そういうのを普通は可愛いと言うのだろう。
でも、どんなに女の子らしい子を見ても、周りの男の子が「〇〇ちゃんて、可愛いよな」と話す女の子を見ても、玲以上に可愛いと思える子がいなかった。
玲は男の子だから、髪の毛をゴムやリボンでくくっているわけではない。ふわふわのスカートも履いてはいない。それでもどんな女の子よりも、とても愛らしく俺には見えていたんだ。
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