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第45話 掌中乃珠

三日目になってようやく熱が下がった玲は、何かに吹っ切れたのか、夜中に泣く回数が減ったように思う。それでもごくたまに、朝になると瞼を腫らしている時があった。 玲は昔から少食で、食事も俺の半分ほどの量しか食べない。 最近の痩せ具合を見てさすがに心配になった俺は、この際、お菓子でも何でも食べてくれと、 玲の好きなプリンやケーキを買って来ては、喜ぶ玲の顔を盗み見て、胸を熱くしていた。 俺は、中学一年の夏頃から、高校は家を出て通うと決めていた。どんどんと可愛く綺麗になっていく玲の傍から離れたかった。 ずっと傍にいると、玲を抱きしめて犯したい衝動に駆られる。そんな俺の欲望をぶつけた後の、玲の悲しむ顔なんて見たくはない。 だから三年になり進路を決める時に、「お願いだから玲には黙っていてくれ」と親父に頼み込んで、遠い高校への進学を許してもらった。 親父は世間一般で言うと甘いというのか、俺のしたい事には一切反対しなかった。「遠く離れた高校に行く」と言った時にも、「おまえが行きたいなら頑張れ」と応援してくれた。 そして、部活を引退してからは必死に勉強に打ち込み、無事に合格することが出来た。 高校に通える範囲で部屋を探す時に、俺は「ワンルームでいい」と言ったのに、親父が「俺と玲が泊まりに行くかもしれないから、広い所にしよう」と2LDKの、俺一人には広過ぎる部屋を借りてくれた。 そして一年後、なぜ親父が2LDKの部屋を借りたのかが判明する。 玲が俺を追いかけて、同じ高校に合格して入学することになったからだ。 俺は、この高校を受験することを玲に黙ってるように親父に言ったが、玲も同じ高校を受験することを、俺には言わないように親父に頼んでいたらしい。 俺が合格したすぐ後に聞いていたらしく、「だから二人が住めるように2LDKの部屋にしたんだ」と、親父が笑いながら言った。 高校に入ってからの一年間、俺は玲を思い出さない日はなかった。玲を思って、自分を慰める日々もあった。でも、触れることの出来る場所に玲がいないから、玲を壊してしまう心配がなかった。 夏休みも冬休みも何かと理由をつけて、玲のいる家には帰らなかった。親父と玲が、俺の所へ来たいと言った時も、強引な理由を言って来させなかった。 この一年、玲に会わないように努めた。 なのに一年後の春、突然玲が俺の目の前に現れた。親父と共に部屋に来て、俺が使っていない方の部屋を片付けて、玲の荷物を運び込んだ。 玲に会う心の準備が出来ていなかった俺は、身体の機能が停止してしまったかのように、荷物を運び入れる作業をぼんやりと見ていた。 大方の荷物を運び終えた頃に、やっと頭が動き出した俺は、親父を捕まえてどういうことかと問い詰める。 「驚いた?悠希が去年、この高校に進学が決まった時点で、玲も同じ高校に行くと言ったんだ。でも、おまえに言うと反対されるだろうから、内緒にしててと頼まれてな。で、来年玲も住むならと思って、最初から広い部屋を借りたんだよ。玲を一人暮らしさせるのは心配だからな。悠希が一緒にいてくれると、父さんも安心だ。最近疎遠になってたみたいだけど、これを機にまた仲良い兄弟に戻ればいいよ。悠希、玲のこと頼んだよ」 親父は俺の肩をポンポンと叩くと、玲にも「悠希のこと頼むよ」と言って、何度も頭を撫でていた。

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