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第46話 掌中乃珠
その日は、俺と親父と玲の三人で晩飯を食べに行った。久しぶりの家族での食事だったが、俺は玲と目を合わせなかった。
食事の後に、親父が「二人とも、父さんにちょくちょく会いに来てくれよ」と言って、少し寂しそうにしながら帰って行った。
親父を玄関で見送ってからリビングに入る。玲も俺の後に続いて入ってきた。
喉が乾いて水を飲もうと俺が身体の向きを変えた時に、前をよく見ていなかったのか、玲が俺にぶつかった。
「あっ、ごめ…ん…」
咄嗟に玲に目を向けた俺と、謝りながら慌てて上を向いた玲の視線が合った。
その瞬間、一気に俺の体温が上昇して震えた。
一年振りに見る玲は、とても綺麗になっていた。俺を見上げる潤んだ瞳に心が囚われてしまう。果実のように瑞々しい赤い唇に食らいつきたくなる。薄手のセーターの衿ぐりから覗く白い鎖骨に俺の痕を刻みつけたい。
せっかくこの一年間、玲に会わないようにして抑え込んでいた気持ちが、限界まで膨れ上がって弾け飛び、俺の身体中を駆け巡る。
玲への気持ちがこんなにも強いことを、初めて知った。こんなにも好きだとは、自分でもわかっていなかった。
離れていた時間のせいで、玲を求める気持ちが倍増してしまった。
今日からここで、二人で暮らし始める。
玲に冷たい態度を取ってはいても、やはり愛しい者がすぐ傍にいるというのは嬉しい。果たして俺は、玲への暴走しそうな気持ちを抑えることが出来るのだろうか…。
結局俺は、玲がいる部屋に帰るのが怖くなり、去年から始めていたバイトを増やしたり、街で声を掛けてきた女について行くようになった。
今までは小遣い稼ぎの為にバイトをしていたが、高校を卒業したら、今度こそ玲に知られないように遠くへ行こうと、その資金の為にバイトに励んだ。
バイトがない日は、学校が終わると街をぶらぶらと彷徨った。すると、必ず女が声をかけてくる。俺は、後腐れのなさそうな女だと判断すると、女に誘われるままついて行った。
玲を少しでも忘れたくて、女の部屋で抱きつかれたら、俺も抱き返した。ねだられたら、赤くてかてかと光る唇にキスをした。が、触れただけで吐き気が込み上げてくる。
きっと、この口紅が不味いんだと思って顔を離し、代わりに女の肌に手を這わすけど、女に触れる手が気持ち悪くてそれ以上は進めない。
女に嫌悪を抱いてしまった俺は、「悪い…」と言って、縋り付く女から逃げた。
女にキスをしても肌に触れても、頭に思い浮かぶのは玲だ。玲の自然に赤く色づいた柔らかい唇、とても手触りがいい滑らかな白い肌。俺は、玲以外には触れることも出来ないのか…。
ふらふらとしながら家に帰り、すぐに風呂へ入る。女に触れた唇や手を痛くなるくらいにゴシゴシと洗った。
少し疲れて風呂から上がり、リビングに入った。そこに玲の姿はなく、俺は電気を消すと玲の部屋の前に行く。玲の部屋の電気は消えて、物音も聞こえなかった。
俺は、音を立てないようにゆっくりとドアを開けて、カーテンから射し込む月の光を頼りに玲の傍へ進む。ベッドで眠る玲をそっと覗くと、静かな寝息を立ててよく眠っていた。俺は無意識に玲の頰に手を伸ばした。そして吸い寄せられるように顔を近づけて、柔らかい唇に触れる。ほんの一瞬のことだったけど、俺の身体が嬉しくて震えた。
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