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第49話 掌中乃珠
俺と玲は、帰り道の間、ずっと無言だった。
家に着くとすぐに玲が風呂を沸かし、俺を洗面所に押し込んだ。濡れた制服を引き剥がしながら脱ぐと、下着まで雨がしみ込んで濡れていた。
全裸になって風呂場に入り、温かいシャワーを頭から浴びる。興奮していて気がつかなかったけど、俺の身体はかなり冷え切っていたみたいで、シャワーのお湯がじんわりと身体にしみて気持ちが良かった。
さっと身体を洗い、湯に浸かって目を閉じる。
玲が、まだ誰のものにもなってなくて良かった。涼を受け入れてしまったらどうしようと、怖かった。
玲が離れて行くのも、誰かのものになるのも怖い。もう、自分の気持ちから目を逸らすのは限界だ。どうなるのかはわからないけど、素直に自分の気持ちに向き合おう。
そう心に決めると、気合いを入れるように両手で頰をパチンと叩いて立ち上がった。
風呂場から出ると、洗面所に俺の着替えとバスタオルが用意されていた。濡れた制服と下着は、すでに洗濯乾燥機に入れられている。
髪と身体を拭き服を着てリビングに向かった。リビングに入ると、テーブルの上に湯気の立つ親子丼と味噌汁が置かれているのが、目に入った。
「悠ちゃん、ご飯まだでしょ?簡単な物しか出来なかったんだけど、食べて…」
「ああ、悪いな」
俺はテーブルの椅子に腰掛けると、手を合わせて親子丼を口に入れる。相変わらず玲の作る料理は美味くて、腹が減っていたこともあり、ばくばくと手が止まることなく食べた。
玲の作る料理は、本当にどれも美味い。母さんから教わってただけあって、懐かしい味がして心が温かくなる。
俺は無言で一気に食べてしまった。ちょうどいい濃さの味噌汁を飲み終わったところで、玲がお茶をテーブルに置いた。
「食べるの早いね。そんなにお腹空いてたの?」
くすくすと笑いながら食器を下げる玲が可愛くて、思わず玲に向かって手を伸ばしかけた。
「ん?」と首を傾げる玲に、「あ、いや…コーヒー飲みたい、かな…」と、手を引っ込めながらぼそりと呟く。
「ん、わかった。ソファーで待ってて」
玲がふわりと笑って、キッチンに入って行く。
俺は今から、自分の気持ちに素直になろう。玲に、俺の本心を伝えよう。そう覚悟を決めて、緊張でまた冷たくなってきた指先を強く握り込んだ。
食器を片付け終わった玲が、両手にマグカップを持って俺の隣に座る。「はい」と渡されたマグカップを受け取り、ブラックコーヒーを一口飲んだ。
玲は両手でマグカップを持って、ふうふうと息を吹きかけながら少しずつ飲んでいる。それでも熱かったのか、「熱っ」と慌ててマグカップを離した。その様子を見ていて、俺は思わず笑ってしまった。
俺の笑い声を聞いた玲が、驚いた顔をして俺を見た後に、頰を染めながら拗ねた口調で言った。
「だって…熱いんだもん…」
言って俯く玲の頰に、俺は自然と手を触れさせた。再び玲が驚いて俺を見る。
もう逃げないと決めた俺は、玲の頰を包むように手を当てて、玲の目をまっすぐに見て言った。
「ふっ、そうだな。おまえは昔から熱いものが苦手だからな…。気をつけて飲めよ。それ…甘いカフェオレか?」
「う、うんっ。僕、熱いのも苦いのも苦手だから…」
「知ってる」
おまえのことは、何でも知ってる。
俺は、俺のマグカップと玲が持っていたマグカップをソファーの前のテーブルに置いて、両手で玲の両手を優しく包んだ。
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