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第70話 寤寐思服

駅から学校の玄関まで、悠ちゃんと拓真に挟まれて歩いた。 途中、涼さんと会ってホッとしたのに、なぜか涼さんは、僕と悠ちゃんに挨拶をした後、一歩引いて僕達三人の後ろをついて来た。 僕は助けを求めて後ろの涼さんに視線を送るけど、ニコニコと笑って小さく手を振ってくるだけだ。僕は小さく溜め息を吐くと、身体が触れそうなほど近い距離を歩く二人の間から抜け出すように、早足で歩き出した。 やっと玄関に着き、圧迫された空気から解放される。 でも、僕が靴を履き替えるとすぐに、拓真が僕の背中を押して教室に向かおうとした。 素早く悠ちゃんが僕の腕を掴んで、「玲、帰りは迎えに行くから待ってろよ」と声をかけてくる。 「うん。待ってる」 そう言って、悠ちゃんに手を振る僕の背中を拓真が強く押して、強引に歩かされた。 ーーなんでそんなに早く教室に行きたがるんだろ? そう僕が首を傾げていると、後ろから「いや〜悠希、大変だな」と言う涼さんの楽しそうな声が聞こえた。 なぜだかわからないけど、ずっと涼さんは面白そうに僕達を見ていた。悠ちゃんと拓真の重い空気に挟まれて困っていたから、涼さんに助けて欲しかったのに…と、軽く口を尖らせる。 でも、僕の周りで頼りになる人って涼さんしか知らないから、二人が仲良くなれるように相談してみようかな…、と、教室に向かいながらそんなことを考えていた。 教室に着いて、後ろのロッカーに鞄を置き、一時間目の教材を持って自分の席に座る。すぐに、鞄を置いた拓真が僕の前の席に来て座り、僕の額の傷にそっと触れた。 「傷は治ってきた?気分もどう?熱くはないみたいだけど…」 傷に触れていた手を額に当てて、そのままスルリと頰を撫で下ろす。僕はくすぐったくなって、首をすくめて笑った。 「ふっ、ふふ…、くすぐったい…っ。心配性の拓真くん、僕はもう元気だよ。傷も大丈夫。悠ちゃんが綺麗に治るまでは、って、薬を塗って絆創膏を貼ってくれるんだけど、もうそんなに目立たないと思うんだよね…。一応、明日の放課後に、病院に行って診てもらう予定なんだ」 「ふ〜ん…なら良かった。なあ、その悠希さんだけどさ、兄とはいえ玲にベタベタし過ぎじゃね?俺、弟がいるけど、あんなに構ったり触ったりしないね」 拓真の言葉に、心臓がドキリと跳ねる。 ーーえ…、周りから見たら僕たちおかしいの?あ、そうか。僕たちは恋人同士だけど、周りは兄弟だと思ってるもんね。兄弟は普通、ベタベタしない…のかなぁ。僕、兄弟だと思ってた頃でも、悠ちゃんにベタベタしてたからなぁ…。 どう答えるのがいいのか考え込んでしまう。とりあえず、僕と悠ちゃんは仲が良いから、と話せばいいかな…。 「え…と、あのね、僕のとこ、お母さんがいないでしょ?だから、足りないところをお互いが助け合って来たから、たぶん普通の家より仲が良いんだと思う…。それにね、僕が身体が弱くてよく熱を出すし鈍くさいから、きっと心配でつい手を出しちゃうんだよ。拓真も弟が熱出してたら心配するでしょ?」 「う〜ん…、するのかなぁ。あいつ、メチャクチャ元気だからよくわかんねーよ。まあ、玲みたいな可愛い弟だったら、気になって仕方ないのかもな…」 拓真はもう一度、僕に手を伸ばして、前髪を触りながら笑ってそう言う。 「え〜?そうかなぁ…。拓真の弟さんも可愛いじゃない。悠ちゃんは何も言わないけど、僕がすぐに熱を出すから大変だと思う。特に今は二人で暮らしてるから…」 「ふ〜ん。まあそういうことでいいよ。でもさ、玲、俺だって玲のこと心配してるんだよ。いつも気にかけてる。だから、悠希さんだけじゃなく、たまには俺にも頼ってくれよ」 僕の頰に指の背を触れさせながら、拓真が真剣な眼差しを向けてくる。 いつになく真剣な表情の拓真に、僕は少したじろいで、曖昧な笑顔を見せた。 「う、うん…。もしもの時はよろしくね…」 今日は朝から拓真が変だ。いつもと違う拓真にどうしようと困っていたら、ちょうどタイミングよくチャイムが鳴って、拓真は自分の席に戻って行った。

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