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第73話 寤寐思服
エントランスに入ったところで、管理人のおじさんはいなかったけれど、エレベーターから降りて来たマンションの住人らしき男の人に、手を繋いでるのを見られてしまった。その人は、悠ちゃん、僕、繋いでる手と順番に見て、もう一度僕を見た。
悠ちゃんは、チラリと男の人に目を向けたけど、まったく気にするそぶりもなく、僕の手を引いてエレベーターへと歩いて行く。
僕は男の人と目が合ってしまい、一気に顔を熱くして逃げるように悠ちゃんの後ろをついて行った。
キッチンで食材を冷蔵庫に仕舞いながら、僕はやっと熱がおさまった顔で、隣で袋から買ったものを出していく悠ちゃんを見る。僕の視線を感じて、悠ちゃんが手を止めて振り向いた。
「どうした?疲れたのか?」
「ううん…。悠ちゃんていつも余裕なのに、僕はまだまだ子供だなぁ…って、思って…」
「そうか?俺はおまえの方がしっかりしてると思うけど」
「そんなことないよ…。僕、すぐに拗ねたり泣いたり、ちょっとしたことで恥ずかしくなっちゃうし…。悠ちゃんみたいに落ち着いた大人になりたい…」
「俺は大人じゃねぇよ。おまえよりも短気だし度胸もねぇし。…なぁ玲、もっとそういうの、俺に見せろよ。もっと俺に甘えてほしい」
「え…?でも…そういうの、嫌にならない?うっとおしくない?」
「全然オッケー。ふっ、ホントはさっき、手を繋いでるところを見られて恥ずかしかったんだろ?」
「う、うん…。でも、手は離したくなかった。『恥ずかしくてどうしよう』ってパニックになるのに、だからと言って手を離されたらもっと悲しくなる…。ね?僕ってワガママでしょ?」
「バーカ、おまえのワガママなんて大したことない。ま、俺は繋ぎたかったらどこでも繋ぐし、おまえが泣いて嫌がっても離してやらない。今日みたいに人目があっても平気だ。だけど玲、本当に嫌な時は言えよ?」
「…悠ちゃんも…ばか。僕はすぐに照れて顔が赤くなってしまうけど、悠ちゃんに触れられて嫌な時なんてないもん。いつでも触っていいよ…」
「…でた。無自覚天然小悪魔。おまえ、可愛い顔して言うことがなんかエロい。はあ〜…、おまえを部屋に閉じ込めて誰にも会わせたくないな」
「悠ちゃんが傍にいてくれるなら、いいよ?」
ーー僕は世界に悠ちゃんがいてくれたらそれでいい。
そう思っていたから、悠ちゃんの腕に触れて上目遣いで悠ちゃんを見た。
悠ちゃんが息を詰めた一瞬後、目を細めて僕を抱きしめた。僕の頭に顎を乗せて、低く呟く。
「ホントにいいのか?俺、メチャクチャ嫉妬深いんだぜ。いつか、本当に閉じ込めてしまうかもしれない…」
「僕もすっごくヤキモチ焼きなんだよ。僕だって悠ちゃんを閉じ込めてしまうかも」
「ふっ、そうなったら二人で閉じこもるか?」
「うんっ。悠ちゃんがいてくれるなら、それでいい」
「変なやつ…」
「僕がそうなら悠ちゃんもだよ?」
少し身体を離して、お互いを見てクスクス笑う。
笑いが収まると、今度は真剣に見つめ合う。そしてゆっくりと顔を近づけて、深く唇を重ね合わせた。
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