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第82話 寤寐思服
拓真の好きな音楽を聴いたり、ゲームをしたり、担任やクラスメートの話をしているうちに、少し外が暗くなってきた。ちょうどそのタイミングで悠ちゃんから「そろそろ帰って来い」とメールが入って、僕は拓真に帰ると告げた。
下に降りておばさんに挨拶をする。ラップに包んだシフォンケーキを紙袋に入れてもらい、お礼を言って拓真の家を出た。
「一人で帰れるからいい」と言ったけど、「そこまで送る」と言って、拓真が一緒について来た。
「今度は僕の家に来てよ」と話しながら歩いて、『あ、でも拓真は悠ちゃんのこと、気にしてるんだよね?二人を会わせても大丈夫かなぁ…』なんて考え事をしてたから、僕は、ほんの少しの段差でつまずいて転びそうになった。
咄嗟に拓真が僕のお腹を抱き抱えて起こしてくれる。僕は、ホウッと息を吐いて、拓真を振り返ってお礼を言った。
「ありがとう。せっかくのシフォンケーキ、潰しちゃうとこだったよ…。拓真?」
拓真が僕のお腹に腕を回したまま、ジッと一点を見つめている。その目が怒りを含んでるように見えて、僕は肩を震わせた。
「ど、どうしたの?拓真…。なんか、怒ってる?」
「なにこれ…」
「えっ…?」
拓真が、シャツの襟でちょうど隠れるくらいの僕の首の後ろの一点を指で押した。もう片方の腕は、相変わらず僕のお腹を抱きしめたままだ。
拓真の指が触れている箇所に何があったか考える。
ーーなに?虫刺され?でも、そんなのあったかなぁ。首って…。
「あっ!」
そこまで考えて、僕はあることに思い至り、大きな声を出して顔を赤く染めた。
「た、拓真…、あの…それ…っ」
「なあ…これって、キスマークだよな?玲、おまえにこれつけたの、誰?てか、なんでつけさせてんの?」
拓真の今までに聞いたこともない低い声に、僕はますます身体を震わせた。
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