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第84話 寤寐思服
ぬるりと口の中に温かいものが入ってきて、僕は慌てて拓真の胸を押す。だけどビクともしなくて、逆に両手を掴まれてしまい、背後の木に身体を強く押さえつけられた。
顔を背けて逃れようすると、今度は顎を掴まれて固定され、激しく舌を絡め取られる。僕はもう嫌で嫌で堪らなくなって、口の中を動き回る拓真の舌を、ただ夢中で強く噛んだ。
その瞬間、僕の頰に鋭い衝撃が走って、拓真の身体が離れる。僕はやっと解放された安堵で力が抜け、へにゃりとその場に座り込んだ。荒い呼吸を整えようと、肩を上下させて必死に呼吸を繰り返す。
「玲…」
拓真の怒りを含んだ低い声が上から降ってきて、僕は震えながら恐る恐る顔を上げた。僕の目に、口の端から血を滲ませて、冷たい目で僕を見下ろす拓真が映った。
拓真の手が僕に向かって伸びてきて、僕は身体を丸めて目をギュッと閉じた。直後に鈍い音が響き、続いて何かが倒れる音がした。
目を開けるのが怖くて身体を震わせていると、優しい声が僕を呼んでふわりと身体を抱きしめる。
「もう大丈夫だよ」と言う声に、ゆっくり目を開けると、目の前に優しく微笑む涼さんがいた。
「あ…、りょ…さ…」
「うん、涼さんだよ。ああ…ひどいね。これ、痛かっただろう?口の中も切れてるね…」
涼さんが僕の背中をそっと撫でながら、僕の左の頬に手を添える。その時に初めて、頰が熱くじんじんと痛みを伴って痺れていることに気づいた。頰に衝撃を感じたのは、拓真に殴られたからだったんだ。僕が拓真の舌を噛んだから、きっと怒って殴ったんだ。
涼さんの後ろで、ゆっくりと立ち上がる拓真に、僕が目を向けようとするより早く、涼さんが拓真を見て冷たく言い放つ。
「ねぇ君、玲くんの友達だよね?こんなに華奢で優しい子を、自分の思い通りにならないからって、殴ったんだ?最低だね。早く、俺らの前から失せろよ。それとも、もう一発殴られたい?」
涼さんに責められて、拓真は何か言いたげに僕を見たけど、クルリと身体の向きを変えると、公園から走って出て行った。
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