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第85話 寤寐思服

「あ…」 僕は小さく声を出して、拓真が去った方へ手を伸ばした。その手を涼さんが、指の長い綺麗な手で包んで、僕に優しく話しかける。 「玲くん、大丈夫?震えてる…」 「え…」 僕の身体は、恐怖でガタガタと震えていた。 少し落ち着こうと思った途端、さっきの口の中に入ってきた舌の感触を思い出して、吐き気が込み上げてきた。 僕は胸を押さえると、木の根元に這いつくばって、胃の中のものを全部吐いた。 でも何度吐いても、気持ち悪さが無くならない。僕は、背中をさすってくれる涼さんを見上げて、「ゆ…ちゃん…は」と声を絞り出した。 「もう連絡したよ。『玲が遅い』と心配する悠希とここまで迎えに来てたんだ。で、じっとしてられなくなった悠希が、『玲がこっちに向かってるか見てくる』と言って、俺をここで待たせて見に行ったんだよ。そうしたら、近くで揉める声がしたから様子を見に来た。玲くん、ごめんね。もっと早く見つけてあげるべきだった…」 僕は、ただ無言で首を横に振る。 何も涼さんが謝ることはない。だって、ちゃんと僕を助けてくれた。涼さんが見つけてくれてよかった。 まさか拓真が僕にあんなことをするなんて思ってもみなかった。そんなに僕と悠ちゃんのことが、許せないの…?だからあんなに怒ったの?あ…でも確か僕のことを…。 そこまで考えて、僕の身体の震えが止まる。 今一番に助けてほしい人が、一番に触れてほしい人が、僕の名前を呼んで抱きしめてくれていた。 「玲っ!どうしたっ?何があった?あっ?おまえのこれ…誰がやった⁉︎」 「悠希、とりあえず落ち着け。俺が後で説明するから。今は玲くんに優しくしてやれ」 涼さんの言葉に、悠ちゃんが頷いて僕の背中を撫でて囁く。 「玲…、俺が傍にいるから、もう大丈夫だ。もう、震えなくていい。気分はどうだ?」 「ふ…、ゆうちゃん…、ゆうちゃん…っ。うっ、うっ…、こ、こわかっ…た。ぼ、僕っ、抵抗したけどっ、力が強く…てっ、防げなか…っ、ふぅ、ご、ごめんね…っ」 「バーカ、謝んな…。おまえは何も悪くないだろ。ほら、俺の背中に掴まれ。落ちないように気をつけろよ。涼、悪りぃ…、玲と俺の鞄、持っててくれ」 「了解」 悠ちゃんが、僕の頰をそっと撫でて、僕をおんぶする。僕はしっかりと悠ちゃんに掴まって、悠ちゃんの肩に頰をペタリとつけた。

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