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第87話 寤寐思服

どれくらいの時間が経ったのかもわからないほど、ずっと舌を絡め合わせていた。口の周りが唾液で濡れて、唇は熱くジンジンとする。吸われ続けた舌は、心地よい刺激でピリピリと痺れていた。 悠ちゃんの唇が離れそうになると、僕は慌てて腕に力を込めて強く唇を押しつける。そのたびに悠ちゃんは目を細めて、もっと激しく僕の唇を貪った。 悠ちゃんの激しいキスに頭の中がトロトロになり、拓真にキスをされた感触が薄れていく。 僕の腕の力が抜けて、悠ちゃんの首から離れる。それが終わりの合図のように、チュッとリップ音を立てて唇が離れた。 悠ちゃんが、僕の殴られた頰に手を当てて聞いてくる。 「玲…?眠いのか?寝てもいいけど、殴られたとこ、冷やさないと。ちょっと待ってな」 「ん…」 僕を抱いてリビングに入りソファーに座らせて、悠ちゃんが冷凍庫から保冷剤を出す。一旦リビングを出て、フェイスタオルを手に戻って来た。そして僕を再び自分の膝の上に乗せて、タオルに包んだ保冷剤を僕の頰にペタリと当てる。 「ちょっと待ってたら冷えてくるから、しばらくは当てておけよ。おまえ…口の中も切ってるよな。微かに血の味がした。痛いか?」 「ううん…、悠ちゃんに触れられたら痛みが治まったよ。殴られた時も、離れようと必死だったから、何も感じなかった…。涼さんに言われて、初めて殴られたことに気づいたんだ。拓真ね、僕を送ってくれてる間、優しかったんだよ…。でも、僕の首にあるキスマークを見つけてから、急に怒り出して…」 「ああ…それな。俺は、あいつに見せつけるつもりで、わざと見えそうな所につけたんだ。そうか…あいつ、見たんだな。それで怒って玲を襲ったんなら、俺にも責任がある」 僕は顔を上げて、悠ちゃんを見つめて首を傾けた。 「悠ちゃんは、拓真にキスマークを見せたかったの?拓真に僕と悠ちゃんのことを、知られてもよかったの?」 「いい。はっきりと、玲が好きなのは俺だ、とわからせたかった。おまえは鈍いから気がついてないようだけど、あいつは明らかにおまえのことが好きだろ?だから、おまえを諦めるようにと、見せつける為につけたんだ。でもまさか、強引に手を出すとは思わなかった。しかも顔を殴りやがって…っ」 僕の髪の毛に顔を埋めて、くぐもった声を出す。 「悠ちゃん…、僕、拓真にはっきりと、悠ちゃんと僕は恋人だ、って言ったよ。ずっと悠ちゃんが好きだった…って。拓真は、血が繋がってなかったとしても、家族だからおかしいって言うんだ。僕はそれでも好きだ、って…、兄弟だと思ってた頃から好きなんだ、って言った。そうしたら急に顔を近づけられて…っ。力がすごく強くて逃げれなかった…。身体を押さえつけられてたから、どうやって離れようかと必死で、夢中で拓真の舌を噛んだ。たぶん、それに怒って僕を殴ったんだ。あのまま涼さんが来なかったら、もっと嫌なことをされてたかもしれない。ホントに…涼さんが来てくれて、よかった…。悠ちゃんが傍にいてくれて…よかっ…ぅ」 せっかく止まっていた涙がまた溢れ出して、保冷剤を包んだタオルを湿らせていく。 僕は、悠ちゃんを見上げて懇願した。 「悠ちゃん…、ぐすっ…、思い出したら、また気持ち悪くなってきた…。僕にチュウして…、もっと、いっぱいして…」 「いいぜ…。おまえが満足するまで、ずっとしててやるよ。ほら、口開けて」 「ん、あ…」 保冷剤を僕に持たせると、悠ちゃんは僕をしっかりと包み込んで、舌を伸ばして顔を近づけ、口内を舐め回した。 拓真の舌が口の中に入ってきた時は、あんなに気持ち悪かったのに、悠ちゃんの舌は、触れたところすべてを快感に変えて蕩けさせる。口内に流れ込んでくる唾液でさえも、僕を蕩けさせる媚薬になる。 「ふぅ…ん、んっ、ふぁ…っ」 唇や口内に残っていた気持ち悪さが薄れても、ずっとキスをしてたくて、僕はいつまでも悠ちゃんにしがみついていた。

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