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第88話 寤寐思服

翌日の金曜日、拓真に会うのが怖くて学校を休んだ。 悠ちゃんも一緒に休むと言ったけど、今までも僕のせいで何度か休んでもらっているから、「家の外に出ないし大丈夫」と説得して、学校に行かせた。 悠ちゃんが出た後、洗濯機を回して食器を洗う。家中に掃除機をかけてお風呂も洗った。 二時間ほどで全部を終わらせて、後はゆっくりしようと紅茶を入れてソファーに座る。紅茶を一口飲んでソファーの背もたれに深く凭れて目を閉じた。脳裏に昨日の拓真の言葉が浮かんでくる。 『俺はおまえが好きなんだっ』 ーー拓真…、僕のこと、好きだったの?友達として好意を持たれてるのはわかってた。だって、いつも僕に優しかったから。でもそれは、違う好きからくるものだったんだ…。どういう形にしろ、好意を寄せてくれるのは嬉しい。だけど、僕の気持ちを無視して、あんなことをされるのは怖くて嫌だ…。拓真のことは大好きだったのに…。でも、拓真を怖いとは思うけど、嫌いにはなれない…。ねぇ拓真、僕はこれからどう接すればいいの?僕は、また前のように仲良くしたい。でも傍にいると僕を手に入れようとするの?その度に僕は、拓真に怯えないといけないの…? 閉じた瞼の縁から雫がポロリと流れ落ちる。 あの時もそうだ。去年、仲の良かった友達が僕を好きだと言って抱きしめた…。あの時と同じ。 皆んな、なぜ友達の好きじゃダメなの?特別な好意を寄せられても、僕には応えられない。僕はずっと昔から、悠ちゃんしか見ていないのだから。 しばらく、静かに涙を流し続けた。そのまま少し眠ってしまったみたいで、起きたら昼の一時を回っていた。 冷めた紅茶を少しだけ飲んで、キッチンに行く。ジッとしてたら色々と考えてしまうから、今から晩ご飯の用意をしようと冷蔵庫を開けた。 冷凍室にサーモンがあるから、今日はサーモンと野菜のホイル焼きだ。アルミホイルにスライスした玉ねぎを敷き、その上にサーモンと野菜を置いて、市販の香草の粉をかける。それだけでは味が薄いから、塩コショウもしようと容器を持つと、中が空っぽだった。 僕はどうしようかと悩んで、近くのコンビニに買いに行くことにした。悠ちゃんに頼んで買って来てもらってもいいんだけど、出来るだけ、悠ちゃんが帰って来たらすぐ食べれるようにしておきたい。 一度、サーモンの乗ったアルミホイルを軽く包んで冷蔵庫にしまうと、僕は財布を持って、家を出た。

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