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第89話 寤寐思服
マンションの角を曲がった所にあるコンビニで、塩コショウと明日の朝のパンと牛乳も買った。
コンビニを出て、また角を曲がってマンションに戻って来ると、マンションの前の歩道に拓真がいた。
拓真の姿を認めて、僕の身体が固まって動けなくなる。
ーーえっ?なんで?今はまだ学校のはず…。
ふと、こちらを見た拓真が僕に気づいて駆け寄って来た。『逃げなきゃ』と思うけど、身体が震えて力が入らない。すぐに拓真が僕の前に来て、手を伸ばした。
「やっ!やめ…てっ」
「あ…ごめん…」
僕に触れそうになった手が、慌てて引っ込められる。恐る恐る拓真を見上げると、泣きそうな顔をして、僕を見ていた。
「玲…ごめん。俺、どうかしてた。自分の気持ちばっかで、玲のこと、考えてなかった。玲、怖かったよな?痛かったよな?俺、玲が許してくれるまで、玲には触れないし近づかない。それに、玲を殴った倍、俺を殴ってほしい。昨日、家に帰って冷静になったら、自分がしたことの重大さに気づいてさ…。怖くなった。玲が離れていくかも…って、悲しくなった。俺は、玲が好きだ。本心は、恋人として付き合いたいって思う。でも玲には、大事な恋人がいるんだろ?だったら、友達としてでもいいから、玲の傍にいたいと思った。俺は、玲の近くにいて、玲と話せるだけで幸せだったんだ。なのに欲を出して、玲を傷つけた。玲…、今すぐは無理だけど、また友達になってほしい…。玲が許してくれるまで、俺はずっと待ってるから。本当にごめんな…」
拓真は、自分の言いたいことを一息に言うと、クルリと向きを変えて去ろうとする。
僕は思わず手を伸ばして、拓真の制服の裾を掴んでいた。
「えっ、どうした?」
「あ…、えと、あの…。拓真、僕は拓真の気持ちには応えれない…」
「うん、よくわかってる」
「それと、昨日…は、怖かった…」
「うん、ごめんな…」
「ほっぺも痛かった…」
「うん、まだ少し赤いもんな…。ホント、ごめん」
「でも、僕も拓真の舌を噛んじゃったし…。ごめんね」
「なんで玲が謝んの?俺が悪いんだからいいんだよ。大したことないし」
「ホントに?血が出てたよ?それに、拓真もほっぺ、まだ腫れてるよ?」
「…玲は優し過ぎ。そういうところも、好きなんだ…」
「うん、でも僕は、悠ちゃんじゃないとダメなんだ…。だからね、あの…、友達としてなら、いいよ?ていうか、僕もまた友達になりたい…」
拓真が目を見開いて、制服の裾を掴んでいた僕の手を握りしめながら大きな声を出した。
「ホントにっ⁉︎いいのかっ?俺、おまえにあんなことしたんだぞ?なのに、もう一度、友達になってくれるのかっ?」
「うん…。もうあんなことしない?」
「絶対に玲が嫌がることはしない。玲を泣かせない。ありがとう、玲。ヤバいっ、すげー嬉しいっ!涙出そう…」
「僕、友達として拓真のこと、好きだから。またよろしくね?」
「こっちこそっ。あ…ごめん。俺、興奮して触ってた。ごめん…」
「ふふ、ちょっとぐらいなら、大丈夫だよ」
慌てて手を離す拓真に、僕は笑いかける。
「ダメだ。玲、罰として俺は何でも言うこと聞くからさ、来週からこき使っていいよ」
「え〜なにそれ。じゃあ何か考えとこうかな」
「おう、何でも言えよ。は〜っ!俺、今飛べるんじゃないかってくらい、嬉しい。玲、話聞いてくれてありがとな。じゃあ、また来週」
「うん、じゃあね」
手を振って軽い足取りで去って行く拓真を見送って、僕もマンションのエントランスへ入って行った。
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