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第99話 愛月徹灯
湖の周りを囲うようにある細い道を、拓真と景色を眺めながらのんびり歩く。森からは鳥のさえずりが、湖面からはさざ波の音が聞こえ、ゆったりとした時間に、心の中が洗われるようだった。
しばらくして、前からこちらに向かって歩いて来る人に気づいた。シンプルな黒のTシャツにチノパン姿の、スラリとした背の高い男の人だ。その男の人も僕たちに気づいて、すれ違う時に脇へ避けてくれた。
僕と拓真は小さく頭を下げて、男の横を通り過ぎる。二、三歩進んだところで、後ろから「あっ…」と声が聞こえた。
僕は不思議に思って、少しだけ顔を後ろに向けて首を傾げる。男が、なぜか僕をジッと見ていた。
それに気づいた拓真が、僕を庇うように前に出る。たぶん、拓真は男を睨んでいたのだろう。男がバツが悪そうに笑って、口を開いた。
「ああ…、ごめん。不躾に見てしまって悪かったね。ねぇ、そこの子。もしかして俺と同じマンションに住んでないかな?前に、お兄さんかな?と、手を繋いでエレベーターに乗って行くところを見かけたんだけど。可愛らしい兄弟がいるな、と印象に残ってたから、よく覚えてるんだよ」
ーー悠ちゃんと手を繋いで…?
僕は、男の頭からつま先までを見て、「あっ!」と声を上げた。
ーーそうだ!悠ちゃんとDVDを借りた帰り道、手を繋ぎたいと思った僕に気づいて、悠ちゃんが手を繋いでくれたんだ。そのままマンションのエントランスに入って、エレベーターから降りて来た男の人に見られたんだった…。
僕は、恐る恐る口を開く。
「あの…エレベーターから降りて来た…?」
「あ、覚えててくれた?良かった。やっぱりあの時の小さい方の子だよね?こんな所で会うなんて驚いたよ。旅行に来たの?」
「え…と、ゆ…兄と友達とで、兄の友達の別荘に遊びに来てるんです」
「へぇ、楽しそうだね。別荘はこの近く?」
「はい。あの…」
「ああ、俺も別荘に遊びに来たんだ。ここから近いよ。まだしばらくここにいるから、また会うかもしれないね。その時は、同じマンションに住んでる者同士、仲良くしてくれる?」
「あ、はい…。こちらこそ、よろしくお願いします…」
「ふ…、君、可愛いね。じゃあね、気をつけて」
「はい、失礼します」
手を振って去って行く男の人を見送り、フーッと息を吐く。「玲」と呼ばれて拓真を見ると、憮然とした顔で僕を見ていた。
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