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第104話 愛月徹灯

家を出る直前に、悠ちゃんが「ちょっと待ってろ」と二階に駆け上がってすぐに降りてきた。部屋から取ってきた帽子を僕に深く被せて「よし」と頷く。 「ちゃんと日焼け止め塗ってるし、大丈夫だよ?」 「ダメだ。木陰が多くて涼しいとはいえ、陽が当たる場所もある。陽が当たるとおまえの肌は赤くなって痛いだろ?用心しないとな」 「ん…、ありがと」 僕が頷くと満足気に笑って、悠ちゃんはドアを開けて外に出た。 日焼け止めは、小さい頃から母さんがマメに僕と悠ちゃんに塗ってくれていたから、今でもしっかりと塗る習慣がついている。 でも悠ちゃんは、小学生になると、「面倒くさい」と塗るのをやめてしまった。僕も真似して塗らないでいたら、肌が真っ赤になってヒリヒリと痛んで、大泣きするという大変なことになってしまった。 だから、こんがりと焼けて男らしい悠ちゃんの肌に憧れるけど、僕はきちんと塗るようにしている。 玄関前の階段を降りた悠ちゃんが、「ほら」と僕に手を差し出す。僕は笑顔でその手を掴み、二人並んで歩き出した。 一人で歩いても拓真と歩いても、とても心地いい場所だけど、やっぱり悠ちゃんと歩くのが、一番嬉しい。 僕は、無意識に悠ちゃんと繋いだ手を揺らしながら、軽やかな足取りで進んで行く。 「あ、ねぇ悠ちゃん。昨日、拓真と行った湖に行きたい。悠ちゃんと一緒に見たい」 「いいよ、行こう。おまえ、昔から水辺が好きだよな。川とか海とか見ると、目をキラキラさせてたもんな」 「だって、なんだか興奮しない?海なんて、一日中見てても飽きないよ」 「じゃ、また海も見に行くか。夏が終わって人気が引いたらな」 「うんっ。砂浜を悠ちゃんと手を繋いで歩きたい」 「いいぜ。てか、手を繋いでないと、おまえは砂に足を取られて転びそうだもんな」 「そっ、そんなに僕、ドジじゃないもん…っ」 「バーカ、そういうところも好きだからいいんだよ」 悠ちゃんが、僕の手を引いて、僕の尖った唇にキスをする。その一瞬で、僕の機嫌なんて一気に上昇するんだ。 「悠ちゃん…、ここ外…」 「誰も見てねーし、見られたとしてもいいよ」 「もう…、悠ちゃ…」 「あれ?また会ったね」 僕と悠ちゃんの間に割って入ってきた声に、二人同時に振り返る。僕は驚いて小さく口を開け、悠ちゃんは訝し気に目を細めた。 「こんにちは。今日はお兄さんと一緒なんだね。ふふ、それに、前も思ったけど、やっぱり仲が良いんだね」 昨日会った同じマンションだという男の人が立っていて、僕たちの繋いだ手に視線を向ける。 僕は慌てて手を離そうとしたけど、悠ちゃんがそれを許さなかった。 「あんた、誰?」 「あ…、悠ちゃん。この人、同じマンションの人。ほら…、レンタル屋さんでDVDを借りた帰りにエレベーターから降りて来た…」 「…ああ、そういえば誰かいたな。で、なんか用ですか?」 なぜだか突っかかる言い方をする悠ちゃんを、僕はハラハラとしながら見ていた。 「そんなに睨まないでよ。なんか気に障ったならごめん。昨日も弟くんに会ってさ、こんな所で知ってる顔に会って、ちょっと嬉しかったから声をかけたんだ。俺は、正司 輝(しょうじ あきら)と言います。同じマンション同士、仲良くしてよ。君たちの名前は?」 「…花森。なぁ、あんたと俺たちじゃ、歳も全然違うし仲良くは出来そうにない。まあ、会えば挨拶ぐらいはするかもしんねぇけど。じゃあ、俺たち急いでるんで」 「ふふ、厳しいね。わかったよ、じゃあね」 悠ちゃんは、僕の手をグイグイと引っ張って先へと進んで行く。 僕は後ろを振り返り、こちらに向かって手を振る正司さんに小さく頭を下げて、小走りで悠ちゃんの後について行った。

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