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第110話 絶体絶命
正司さんは笑っているのだけど、なぜか背中がゾクリと震えて、怖く感じた。
僕は、平静を装ってニコリと微笑む。
「こ、こんにちは。また会いましたね…」
「…ああ、そうだね。君、一人?」
「え…、あの、ゆ…兄が今、飛ばされた僕の帽子を探しに行ってて…」
「そう。じゃあ急がないと」
「え?何が…あっ、いや…っ!うっ、ぐぅ…っ」
いきなり肩を強く掴まれて振り向かされ、お腹を思いっきり殴られた。僕は、何が起こったのかわからないまま、意識を失ってしまった。
微かに雷が鳴る音が聞こえる。それに僕の身体が冷えてとても寒い。
僕は今、何をしてるんだろう…とぼんやりと思っていると、再びの大きな雷の音にビクリと震えて目を開けた。
僕の目の前に地面が見えて、揺れている。『え?なんで?』と驚いて、すぐに状況を理解した。
ーーそうだ。正司さんが現れて、いきなり殴られて…。
僕は、正司さんの肩に担がれて、強い雨の中をどこかへ連れて行かれているところだった。
ふと、雷と雨の音に混じって、悠ちゃんの声が微かに聞こえてきた。
「…あ…」
その声に反応して、思わず小さな声をあげてしまい、それに気づいた正司さんが、僕を肩から降ろした。
「あれ?もう気がついちゃった?まあ、暴れたらまた殴ればいいか。君、痛いのが嫌だったら大人しくしててくれる?」
笑顔を絶やさず話す正司さんに、得体の知れない恐怖を感じてガタガタと震える。
「な…な、んで…」
「ん?ああ、どうしてこんな事をしたのかって?俺ね、初めて見た時から君を気に入ってたんだよ。君、可愛いよね。君のお兄さんだって、そう思ってるんだろ?だってお兄さん、君を大事にしてるもんね?それに君たち兄弟は、普通じゃないよね?」
「そっ、そんな…こと…っ」
「誤魔化さなくてもいいよ。まあ、別にそんなこと、どうでもいいし。君が可愛すぎるから、いけないんだよ?ほら、雨がひどくなってきたし、早く行こうか」
正司さんが、僕の腕を強く掴んで引っ張る。
このまま、どこに連れて行くんだろうか?何をされるんだろうか?
正司さんに引きずられるままに、足を踏み出そうとしたその時、今度ははっきりと、悠ちゃんの声が聞こえた。
その瞬間、僕は僕の腕を掴む正司さんの腕に、思いっきり噛みついた。
「いてぇっ‼︎」
正司さんが叫んで僕の手を離した隙に、身を翻して全力で走り出す。
「悠ちゃんっ‼︎悠ちゃんっ!助けてっ!」
僕はありったけの声を出して、激しく降りしきる雨の中を、悠ちゃんの声が聞こえた方へと、全力で走り続けた。
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