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第130話 疑心暗鬼

悠ちゃんが僕を抱きしめて、「ダメだ…」と声を絞り出す。 僕は、悠ちゃんの背中に手を回して、ギュッと力を込めた。 「悠ちゃん…、僕はどこにも行かないよ。ずっと、悠ちゃんの傍にいる…」 「玲…俺から離れるな…っ」 「悠希、一体どうしたんだ?」 父さんが、悠ちゃんの肩を掴んで聞いてくる。悠ちゃんは、ゆっくりと顔を上げて父さんを見た。 「玲を誰かに見せたらダメなんだ…。連れ去られてしまう」 「は?何を言って…」 「おじさん。そのことでちょっと…」 涼さんが父さんを連れて、一旦ベッドから離れた。 ドアの近くで、別荘で起きたことを涼さんが説明をする。その間、悠ちゃんは僕を抱きしめて、ずっと小さく震えていた。 しばらくして戻って来た父さんは、小さく息を吐いて悠ちゃんの頭を撫でた。 「悠希、おまえが心配になるのもわかる。だけどな、このまま玲を病院に連れて行かないで放っておいたらダメだ。玲に、もしものことがあったらどうするんだ?」 「もっ、もしもって何だよっ!大丈夫だっ。きっと、薬を飲んで寝てたら治るっ」 ガバリと身体を起こして父さんの腕を掴み、悠ちゃんが大きな声で叫んだ。 悠ちゃんは結構短気なんだけど、パニックを起こしたりはしない。 こんなにも取り乱した悠ちゃんを、僕は初めて見た。 「悠希、落ち着きなさい。おまえだって、玲が心配なんだろ?だったら、病院で早く診てもらった方が安心じゃないか。ただの風邪だって油断は出来ないんだ。おまえが何と言おうと連れて行くぞ」 「だからっ!ダメだって言ってんだろっ!涼っ、涼もあの場にいたからわかんだろっ⁉︎親父を止めてくれよっ」 「悠希…」 暴れる悠ちゃんを、父さんが必死で止めようとしている。でも、悠ちゃんの方が力が強くて、父さんは跳ね飛ばされて、尻餅をついた。 涼さんが、落ち着かせようと悠ちゃんに近寄るけど、悠ちゃんは、殴りそうな勢いで涼さんを睨みつける。 僕は、悠ちゃんの傍に行こうと、震える腕を突っ張って身体を起こし、ベッドから降りた。 だけど、足を着いて立ち上がった瞬間、その場に崩れ落ちてしまう。 こんなにも、身体に力が入らないとは思わなかった。 「僕は大丈夫だよ」と言いたいのに、また咳が出てきて声が出せない。 その上、手足が痺れて目がグルグルと回っている。 悠ちゃんがすぐに傍に来て、僕を抱き寄せる。その身体に抱きつこうと手を伸ばすけど、力が入らなくてパタリと床に落ちた。 そして、そのまま僕は意識を失ってしまった。

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