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第134話 愛別離苦
僕は順調に回復して、予定通りに退院出来ることになった。
退院の日、父さんが朝早くから迎えに来てくれた。でも、前日まで来ていた悠ちゃんは、来なかった。
退院の日は来れないと、前に悠ちゃんから聞いていたけど、やっぱり不安になって、父さんに聞いてみる。
「父さん…悠ちゃんはどうしたの?」
「あ、ああ…。今日はどうしても用事があるとかで、早くから出かけたよ」
「そう…」
シュンと俯いて、僕は小さく呟く。
父さんが来てくれて嬉しい。でも、父さんには悪いけど、僕は、一番悠ちゃんに来て欲しかった。悠ちゃんと一緒に家に帰りたかった。
「玲…、悠希はおまえの元気になる姿を見て喜んでたんだ。そんな顔してると、また心配させてしまうぞ?」
「…うん、そうだね…」
僕の頭にポンと手を乗せて、父さんが優しく笑う。
僕は小さく頷くと、忘れ物のチェックをして鞄を持った。
病院からの帰りに軽く食事を済ませて、家に帰って来た。玄関の中に入った瞬間、僕は違和感を感じて動きが止まる。でも、何がおかしいのかわからなくて、首を傾げる僕の背中を、父さんが軽く押した。
「玲、どうした?早く上がりなさい。退院して来たばかりだから、今日はゆっくり休むんだよ」
父さんに促されるまま、玄関を上がってリビングに入る。
悠ちゃんは出かけていないのだから、悠ちゃんの部屋から物音がしないのは当たり前なのだけど、あまりの静かさに不安になって、胸がドキドキと鳴り始めた。
リビングは、とても綺麗に片付けられていた。そのことにも不安を覚えて、部屋の中をキョロキョロと見回す。
父さんが、荷物を置いてキッチンに入り、棚からコップを取り出した。それを見て、僕は勢いよく立ち上がる。
「ないっ…。お揃いのコップ…悠ちゃんのが、ないっ!」
思わず叫んで、ハッと気づいてリビングを飛び出した。
「玲っ!どうしたっ…」
後ろから父さんの驚く声がする。僕は悠ちゃんの部屋のドアに飛びつき、震える手で開けた。
部屋の中には……。
「な…なんで…?」
部屋の中には、机もベッドもそのままあった。だけど、机の上に並んでいた本は無く、ベッドの上の布団も無くなっていた。
僕はフラフラと中へ入り、ゆっくりとクローゼットを開ける。クローゼットの中も、数枚の服だけを残して、全て無くなっていた。
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