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第136話 愛別離苦

父さんがソファーの前のテーブルに、冷たい紅茶が入ったコップを二つ置いた。そして僕の隣に座り、僕の手から濡れたタオルを取ってテーブルに置くと、口を開いた。 「玲…悠希がな、玲をこの家に一人で置いて行くのをとても心配してね…。なんでも、玲を連れ去ろうとした男がこのマンションに住んでたそうじゃないか。今は捕まってるその男が、出てきてここに来るかもしれない、って、とても不安がってた。俺も、そんな恐ろしい男が来るかもしれない所に、玲を置いておけない。それで、よく話し合って考えたんだが…、七瀬君の家に下宿させてもらうのがいいんじゃないかってことになった。七瀬君も玲のことを気にかけてくれてね、ぜひそうして欲しいって。ご両親にもすぐに話してくれて、快く了承して頂いたんだよ。これもまた、勝手に決めてしまって悪いと思ってる。でも家から学校には遠くて通えないし、俺もこのマンションから会社へ行けない。だから、そうすることが一番いいと思うんだよ。いいかな?」 ぼんやりと父さんの話を聞いて、僕はゆっくりと首を縦に動かす。だって、ここにいたって悠ちゃんはいない。まだ、涼さんの近くにいた方が、悠ちゃんと繋がれるかもしれない。悠ちゃんはきっと、涼さんとは連絡を取ると思うから。 そう思って、僕は小さく「いいよ…」と呟いた。 「そうか…。ありがとう、玲」 父さんが、僕の頭を優しく撫でる。その手の感触に、悠ちゃんに触れられたいと強く思って、僕はまた涙を落とした。 この日は夜まで、悠ちゃんを思っては涙を流した。夜には、悠ちゃんの部屋に残されていた服を抱きしめて布団に入った。柔軟剤の香りに混じって、かすかに悠ちゃんの匂いがする。僕はようやく少し気持ちが落ち着いて、悠ちゃんの服に涙を染み込ませながら、浅い眠りについた。

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