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第141話 未来永劫
涼さんは、チョコを袋から出して口に放り込むと、思い出したように僕を見た。
「あ、玲くんに見惚れて言うの忘れるところだったよ。あのね、今日から俺と同じ内科の新しい先生が来るんだけど、俺が忙しかったから、今中庭に散歩に行ってるんだよ。玲くん、悪いけど、中庭に行って呼んで来てくれる?」
「あっ、七瀬先生っ、こんな所にいたっ!患者さんが待ってますから早く戻って下さいっ」
「わかった…っ。じゃあ玲くん、行けばわかるから。頼んだよ?」
「えっ?ちょっと待っ…」
僕が声をかけるよりも早く、涼さんは、呼びに来た看護師と一緒に早歩きで行ってしまった。
ーー呼びに…って、名前もどんな人かも知らないのに…。
でも頼まれてしまったからには、行かないわけにはいかない。
僕は、小さく息を吐いて階段を降り、コンビニの前を通り過ぎて、中庭に続くドアを開けた。
ここは大きな病院だから、中庭もかなり広く綺麗に整備されている。
まだお昼には少し早い時間だからか、今は人影もない。
ーーえぇ…、誰もいないよ?
少しだけ、心の中で愚痴を言って、ゆっくりと中庭の中を歩く。可愛らしいピンク色の花をつけた百日紅を見てほっこりしていると、急に風が吹きつけてきたから、顔を背けて目を閉じた。すぐに風が止んで、ゆっくりと目を開ける。目線の先の大きな木の下にあるベンチに、腰掛けている人がいた。
ーーあ、たぶんあの人だ。白衣があるし。
ベンチの背もたれに背中を預けて空を見上げるその人の横に、白衣が丸めて置かれている。
僕は、少し早歩きになって、ベンチへと近づいて行く。
近づくにつれて、僕の心臓が、ドキンドキンと大きく早鐘を打ち始めた。
ーーえ…ちょっと待って…。いや、違う。そんなこと、あるわけ…。
あと数メートルという距離で、僕は足を止めた。
全身がガタガタと震え、目に涙が浮かぶ。
僕は、震える手を祈るように胸の前で合わせて、ベンチに座る彼をジッと見つめた。
ーーああ…でも…、やっぱりそうだ。大人の男の人になってるけど、こんなにも惹きつけられる人は、世界に一人しかいない…。
僕は震える唇を開いて、愛しい名前を呼んだ。
「悠…ちゃん?」
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