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第22話

†  †  †  † 陽が落ちて数時間がたった頃。 Moonlessの幹部達が集まるビリヤードバー『grimoire』の奥の部屋には、珍しく全ての幹部メンバーが集まっていた。 蓮、羽純、孝正。そしてNo持ちではない幹部の、千影と秋津(あきつ)。 秋津は、二ヶ月程前に幹部に昇格した新人幹部だ。 まだ幹部としては甘い部分があるが、それはこれから追々成長していく事だろう。 孝正と同じ御園商業高等学校の1年生で、背丈は平均並みにあるものの、ヒョロリとしたその細い体格のせいか、実際よりも小柄に見られる事が多い人物。普段は、蓮の指示を受けて外に出ている事が多い為、grimoireにいる事は稀だ。 千影は相変わらず無表情のまま、まるで人形のように微動だにせず羽純の隣に座っている。 現在Moonlessには、No持ち幹部は3名しかいない。 この裏高楼街でNo持ちと呼ばれる人物は、BlueRoseに4名、Moonlessに4名、いるはずなのだが…、何故かMoonlessのNo4の姿を見た者がいない。 噂によれば、いるにはいるらしい。が、その本人が海外留学の為に、今はその席が空欄とされていると言われている。ただし、あくまでも噂の範疇を越えないこの話は、あまり信じられてはいない。 「羽純、この前会った宗司の恋人だという人物の話を、もう一度聞かせろ。特にその容姿を詳しく、な」 一人掛け用のソファに座って肘掛けに両肘を着き、その両手を口元前で組んだ蓮は、1ミリとも表情を変えずにそれだけを言い放った。 無表情さと寡黙さだけを見れば、Blue Roseの神といい勝負になるだろう。だがここまでくると、プログラミングで動いているロボットのようにしか見えない。 蓮が感情的になる事なんてあるのかしらね…、見てみたいわ。 内心そんな事を思いながら、蓮の斜め前のソファに座っていた羽純は、請われるままにもう一度だけ、宗司とその恋人らしき人物と遭遇した場面を微に入り細に入り話し始めた。 Blue RoseのNo3である宗司の艶話は、そこにいる全員の興味を惹いたらしい。 実際その場にいた孝正はともかく、千影と秋津は、面白いくらいに羽純を凝視している。 「……――、ってとこかしらね。どう?これでOKかしら?」 全てを話し終わった羽純が、他にも聞きたい事はある?と、黙りこんだままの蓮に視線を向けた。 それに対して蓮の返事は、僅かに片手を上げただけだった。どうやら知りたかった事に相応する納得できる内容だったようだ。 「あの女好きの宗司に男の恋人か~。…でも確かに、正面からは見えなかったけど、なんていうかこう、和的で凛としたキレイっぽい奴だったからな…、あれじゃ血迷ってもおかしくはないかも…」 羽純とは逆側の、蓮の斜め前のソファに座っている孝正は、片手を顎に当ててブツブツ呟いている。 Blue RoseのNo4である「狂犬」が、No2である参謀殿にご執心だというのは有名な話だ。けれど、女好きで通っている宗司に男の恋人というのが、どうにも納得できないらしい。 あの夜からずっとそんな事ばかり言っている孝正に、羽純が呆れの溜息を吐いた。 その溜息に気づいたのは、羽純の横に座っている千影だけ。 チラリと横に座る相手を見つめた千影は、その双眸に何やら好奇心の色を浮かべている。 「なに?千影ちゃん」 「その人、見てみたいです」 “宗司の恋人”という人物の話題は、珍しく千影の興味を引いたようだ。けれど興味を持った部分は、普通の人間が思う部分とは違っている。 その恋人がどういった人物か…ではなく、Blue RoseのNo3である宗司に対してどんな対応をしているのか…という部分に興味をもったようだ。 宗司という人物を知っているだけに、その恋人の対応が非常に気になるのだろう。 その時、 「……結論から言おう」 それまで沈黙していた蓮が、唐突に口を開いた。途端に部屋の空気がピシッと緊張感をはらむ。 全員の意識が全て自分に向けられた事を感じた蓮は、その氷の刃のような光を放つ双眸を閉じながら静かに言葉を放った。 「羽純と孝正が出会った人物。それは宗司の恋人じゃない。ゼロの……No2だ」 蓮の言葉は、Moonless幹部達、とりわけ、実物に出会っている羽純と孝正の思考を凍らせるには充分な威力を発した。 †  †  †  † プルルルル、プルルルル、プルルルル。 『はい』 コール三回目で出た携帯の向こうの相手は、僅かに声を潜めている。 話が出来る状況じゃなければ出なくていい、と言ってあるだけに、声は潜めているものの出たという事は、このまま話しても問題はないのだろう。 携帯を右耳に押しあてた那智はそう判断し、自分も同じく声を潜めて話し始めた。 「明日にはわかるだろうが、Vercheの追放状を裏高楼街の全派閥に向けて送付した」 『はい』 「ここから先、闇との抗争は避けられない。そのつもりでいてくれ」 『わかりました。お任せ下さい』 「そっちに何か動きは?」 那智の質問に、相手が僅かに考え込む気配が感じられた。でもそれはほんの数秒。 直後に流れてきたのは、那智の表情を固まらせるものだった。 『こちら側の幹部達が、ゼロのNo2である貴方の存在をつきとめました』 「……それはどこまでの?」 『残念ながら、面が割れました。どうやら以前から、蓮は貴方の事を裏から手を回して調べていたようです。それが今回の色々な出来事が重なって、確定にまで至ったようです』 「……遅かれ早かれ、いずれはわかってしまっていたという事か…。仕方がないな」 『はい。蓮の動きを探った限りでは、こうなる前から貴方に目星をつけていたようです』 「そうか、わかった。また連絡する」 『はい。失礼します』 目の前に到着した地下鉄の電車。その風に髪を煽られながら、通話の終了した携帯を通学用のスポーツバッグに戻した。 そして、身を寄せていた壁際から足を踏み出し、扉の開かれた電車に乗り込む。 朝の通勤・通学ラッシュのせいで、嫌になる程混雑している電車内。それでも那智は、涼しげな顔だちを歪める事もなく扉脇に立った。 電車が動き出し、扉ガラス越しに外の景色を眺めているように見えるその眼差しは、実は何も見ていない。意識は全て自分の内側に向かっている。 先程の電話の相手は、闇に潜り込ませてある自分の駒。そこから知らされた事実に、少なからず苛立ちが湧き起こった。 自分の存在を永久に隠し通せるとは思っていなかった。けれど、今の時期に突き止められたのは痛い。 Moonlessとの抗争が始まるからには、自分の存在がつきとめられていない事が有利に繋がる条件の一つだったのに、これではそうもいかない。 隠密的に動く事が不可能になったという事を頭に入れ、これからの行動を改めて考えなおす必要がある。 あの蓮相手にいつまでも騙しが通じるはずはないと知っていたけれど、…タイミングが悪すぎる。 周囲に聞こえないように小さく溜息を吐いた那智は、次の駅に着く事を知らせる車内アナウンスを耳にすると、それまでの物憂げな態度を拭い去り、いつもの隙の無い気配を身にまとってその双眸を鋭く細めた。 放課後。 一人で静かに考えをまとめたかった那智は、誰もいなくなった教室の窓際に佇み、夕陽に染まるオレンジ色のグラウンドをガラス越しに眺めてボーっとしていた。 通常の生活圏では、陽が落ちて暗くなれば、静寂と共に夜が来る。 だが逆に高楼街では、陽が落ちたと同時に明かりが灯されて喧噪と賑やかさが溢れかえり、昼間よりも活動的になるのが通常だ。 世界がオレンジ色に染まるこの逢魔が時だけが、明るくも暗くもない、静寂も喧噪もない、両方の世界を同じ時の流れに浸してくれるような…、そんな不思議な感覚を与えてくれる。 街並みの向こう側へ沈もうとしている太陽は、まるで沈む事に抵抗しているかのようにオレンジ色から朱色に世界を染めあげて、存在を鮮烈に強調している。 その光景は、消える間際に一瞬だけ炎を大きく膨れ上がらせるロウソクと、どこか似ているように感じるのは自分だけなのか。 「…疲れてるな…、これは…」 ボソっと呟いたと同時に溜息を吐いた。 感傷に浸るつもりなど毛頭無いが、気づけば何故か刹那的な考えに沈みこんでしまう。 朝方聞かされた、「Moonlessの幹部に面が割れた」という事態が、思いのほか自分にダメージを与えているらしい。 さぁ…、どうしようか…。 軽く腕を組んで、窓ガラスに左肩を寄りかからせた。

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