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第27話
† † † †
最近、とみに怪我人が増えてきたのを感じる。
Blue Roseの一般メンバーが集まる“BLUEMOON”に足を踏み入れた直哉は、そこにいる者達の様子を眺めてそんな事を思った。
口端を切っているのか赤く腫れている者。青痣をつくっている者。手に包帯をしている者もいる。
それでも活気が衰えていないという事は、小競り合い程度の喧嘩だけなのだろう。
逆に、久し振りの抗争に血が騒ぐといった調子の者もいるくらいだ。
「あ~!直哉さん!久し振りじゃないですか!」
奥の方から聞こえてきた大声に振り向くと、まだ自分が幹部になる前にここで一緒に騒いでいた後輩が、ダーツ板の横で大きく手を振っている姿があった。
「久し振りー」
手を振り返し、近づいてきた相手と改めてパチンと手を叩き合わせる。
「なんか皆で満身創痍じゃない?」
笑い混じりに茶化して言うものの、目の前にいる年下の友人大祐 の額にもガーゼが当てられているのを見ると、さすがに少しは心配になる。
「そうなんですよ。もう俺マジで腹立ってますから」
「Verche?」
正式な追放状が通達されて焦ったか、もしくは腹立ちまぎれの報復か。最近はあっちこっちで喧嘩を吹っかけまくっていると聞く。
だからこそVercheの名前を出したけれど、大祐は「違う違う」と思いっきり否定してきた。
「あいつらと全く関係無いわけじゃないと思いますけど、最近ちょっかい出してくるのは20歳過ぎくらいの奴なんですよ。派閥に属している奴じゃない奴ら」
「…なるほど」
十中八九、Vercheのバックに付いている組の構成員だろう。
裏高楼街という世界は派閥のものであって、それ以外の人間が首を突っ込む事は暗黙の了解で禁じられているのに、…厄介な事だ…。
先週末から姿を見せなかった那智が、昨夜、火曜日になってようやくその姿を現した。
裏で動いていたからだと聞いたけれど、それにしては神との間にある空気が僅かにピリピリしていたように見えた。
本当は那智に色々と相談したい事があったのに、その空気のせいであまり近づけず…。
できれば、この前京平と一緒に会った四神の話もしたいのに、どうしたものか。
「…さん。…直哉さーん。俺の話聞いてます?」
「…え?…あ、あぁゴメン。聞いてなかった」
自分の考えに没頭していた直哉は、すぐ横で大祐が話しかけていた事にすら気付かなかった。
へラッと笑って誤魔化したけれど、あからさまにワザとらしく深い溜息を吐かれてしまえば謝るしかない。
「久し振りに来たんですから、もっとしっかり俺のこと構ってくださいよ!」
「ごめんね。ちょっと考え事してた」
まるで子犬のような目で見つめてくる大祐に苦笑いだ。
Trinityにいる時や他の幹部といる時は、上の人達に着いて行くだけで精一杯。けれど、こうやって一般のメンバーと関わる時は、今度は自分が上の立場になるぶん頼られる。不思議な感覚。
とりあえず、ずっと立ったままなのもおかしなものだという事になって、二人ですぐ横にあるソファに腰を下ろした。
「で?どうしたの?」
「最近の事なんですけど、ちょっと売人の種類が変わってきたんですよ」
「種類が変わった?」
「前は、尻尾を掴ませないような慣れた奴らばかりだったんですけど、最近はどうも素人を使ってるみたいな感じで」
「…向こうの人手が足りなくなってきたのか、もしくは、ある程度のルートが出来たから気を緩ませたのか…」
大祐から視線を外してよくよく考える。
素人を使っているという事は、上手くいけば尻尾を掴めるんじゃないだろうか。尻尾を掴めるどころか、捕えて直接話を聞く事も不可能ではないはずだ。
「…四神に頼んでみるかな」
突然黙りこんだと思えば何やら考え込んでブツブツと呟いた直哉に、隣に座る大祐は首を傾げて見守るのみ。だが、途中で聞こえた四神の名にはピクリと反応を示した。
「直哉さん直哉さん」
「…ん?なに?」
「今、四神って言いました?もしかして、いよいよ本格的に表に出てくるんですか?」
「………」
まるで子供のように瞳をキラキラさせて聞いてくる大祐に、直哉の顔が苦笑いへと変わった。
「そうだね。こんな本格的な抗争は久し振りだし、そろそろ動かしてあげないと四神も痺れを切らす頃だろうしね」
そう返した途端に、何故か大祐が小躍りしそうなくらいテンションを上げた。ここまでくると、可愛いと思うのを通り越して思わず唖然としてしまう。
「…大祐は、なんでそんなに喜んでるの」
「そんなの決まってるじゃないですか!俺は四神の大ファンなんですよ!いつか俺も四神の一人になって、神さんの信頼を受けてゼロの至宝と呼ばれるあの人を守ってみたいです!」
「…………」
四神のファンとか言いながらも、結局のところ最終的には神と那智のファンだという事に本人は気が付いているのかいないのか…。
疲れを感じた直哉は、その場でひっそりと溜息を吐くのだった。
† † † †
「簡単にへばってんじゃねぇぞ!闇のクソガキどもが!」
「俺らを排除出来るもんならやってみろ!!」
深夜の高楼街。西区と北区の狭間にある路地裏から怒声が響き渡る。
何かを殴るような音と、苦しそうな呼吸音。アスファルトを踏みにじるいくつもの靴音。
「お前らなんかすぐにここから消え失せんだよ!高楼街の面汚しが!!」
「湾の底に沈みやがれっ!Vercheのクズども!!」
そこにいるのは、15歳~18歳くらいまでの少年が6人。お互いが警戒しあい、隙あらば拳や蹴りが飛び交う。
「…っ…、人数が多くなきゃ勝てないクソ野郎が!」
「ハッ!人数が多かろうがなんだろうが、最後に立っている奴の勝ちなんだよ!!」
四人の影が二人を囲んでいる。
囲まれた二人は、互いに背を預け合って一瞬たりとも気を抜かずに相手を睨みつける。だが、その顔には疲労の色が濃く出始めていた。
それもそうだろう。二人だけで四人の人間を相手にしているのだから。
それも、その四人は裏高楼街追放の通達を受けた窮鼠 、Vercheのメンバー。潰されないように必死な分だけ、拳の重みも気合いの入り方も違う。
「…壱 」
「なんだよ、広志 」
「俺はこの前奇襲を受けた時みたいなふざけた負け方は死んでもゴメンだ。Moonlessの名は絶対に汚さない」
「あぁ、わかってるよ。今回は俺もいる。絶対に勝つ。俺達はVercheなんかには負けない」
背を預けている信頼出来る仲間の言葉に、広志の肩に入っていた余計な力が抜けた。
広志は、まだここまで騒動が大きくなる前に、一度Vercheにボコボコにされた記憶がある。
その時も、数人に囲まれて不意打ちを食らった。
本人達はBlue Roseを名乗っていたが、後からそれがVercheだったと聞かされて、腸が煮えくり返る程の怒りを感じたのを昨日の事のように思い出す。
今思えば、あの時からもう戦いは始まっていたのだ。
「壱。バラバラに動いても無駄だ。一人一人潰してくぞ」
「了解」
背を合わせたままお互いにしか聞こえないくらいの小声でやり取りをする。そしてまず最初に誰をターゲットにするか。狙いを定めた。瞬間。
突然辺りが白く煙りだした。
「…ッ…ゴホ…っ!」
「クッ…、なんだ、これ…」
匂いがしない。だが目に染みる。ただの煙や水蒸気ではない。
本能的に目を守ろうとして閉じる。それが狙いだったのだろう。間を置かずに全身を殴打の衝撃が襲った。
「グッ…ぅ…」
「ぅ…あぁ…っ!」
鳩尾を抉られるように蹴られ、呻いた所を今度は背中から蹴り飛ばされる。反動で前につんのめると、そこを待っていたかのように強烈な拳が顔面を襲う。
広志と壱は、たまらず呻き声をあげて地面に崩れ落ちた。
崩れ落ちる寸前に薄らと見えた視界に映ったVercheのメンバー四人の顔には、いつの間にかガスマスクが装着されていた。
「…卑怯…者…が…!!」
鳩尾を蹴られて息を詰まらせながらも気力を失わない壱に、Vercheの一人が鼻で笑う。
「さっきも言っただろーが。どんな手段を使おうとも最後に立っていた奴が勝ちなんだよ。綺麗事ぬかしてんじゃねぇ」
その馬鹿にしきった言葉に、壱の目の前が怒りで真っ赤に染まった。
そっちがその気なら…。
「…殺すぞテメェら…」
壱が完全にキレた。
裏高楼街の掟にはハッキリと明言はされていないが、裏高楼街が壊滅しないように暗黙の了解事は他にも数々存在している。
その中の一つが、決して死人を出してはいけない、というものだ。
死人など出してしまえば、もう警察の手からは逃れられなくなる。警察も、これ幸いとばかりに乗り込んでくるだろう。それは裏高楼街の破滅を意味する。
壱はMoonlessのメンバーの中でも、もうすぐ幹部候補になれると言われている程の人材だ。暗黙の了解事も全て頭に入っているし、それを犯してはいけない事も痛いほどわかっている。
だが、ここまで卑劣な奴らに自分が屈伏するという事は、裏高楼街に属する全ての人間がこいつらに屈伏するのと同じ事だと…。
男の矜持を賭けて、こいつらと刺し違えてでも屈伏するわけにはいかない…と、そう決意した。
「…広志」
「な…んだよ」
「俺、今から闇を抜けて一般人に戻るわ」
「は?!何言ってんだよこんな時にっ」
地面に蹲ったまま顔を見合わせる壱の顔に、冗談の色は浮かんでいない。だからこそ、広志は混乱した。
だが、壱の手にサバイバルナイフが握られているのを見た瞬間、全ての意図を察して声を詰まらせた。
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