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第28話

「…ま…さか、お前…」 「今から起きる事は、お前も裏高楼街も関係ない。俺個人の問題だ」 煙が散って良好になった視界に映るのは、額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべる親友の姿だった。 驚きはすぐに消え去り、広志の顔にも不敵な笑みが浮かび上がる。 「馬~鹿。お前個人じゃなくて、俺とお前二人の問題、だろ?」 広志の手にも、同じく取り出されたサバイバルナイフ。 「…広志…」 「俺も今限りで闇を抜けるわ」 そう声を高らかに宣言し、そしてお互いにニヤリと笑い合って痛む体をものともせずに地面から体を跳ね起こした。 卑怯だろうがなんだろうが勝てばいいなら、すぐ終わらせてやる。 俺達のプライドを…、裏高楼街に命を賭けている全ての人間のプライドをナメるんじゃねぇ。 二人がナイフの柄を固く握りしめて全身に力を漲らせた。 その時。 「二人とも辞めさせないわよ」 一触即発の空気の中、突如として響き渡った声。 柔らかい口調の割には無視できない程の強さを感じさせる声に、その場にいた全員が一斉に振り向いた。 特徴のあり過ぎる口調に、広志と壱には見ないまでもそれが誰かはすぐにわかった。 路地裏の曲がり角の壁に肩を預けて寄りかかり、腕組みをしながら微かに笑みを浮かべて佇むその姿。真っ赤な髪を、左側寄りでサイドテールにしている。 笑っているのに、何故か感じられるのは今にも牙を剥き出しそうな凶暴な気配。 「…羽純さん」 「…テメェは…」 広志の声と、Vercheの誰かの声が被る。 街灯に照らされた羽純の姿は、ある種独特の雰囲気を醸し出していた。 驚きの中に嬉しさを見せる広志と壱とは逆に、Vercheの四人は一斉に警戒心を最大限まで引き上げる。その様子から、羽純が何者かを知っているという事がわかった。 羽純の顔を知っているなんて、馬鹿だと思いきや意外にも情報網は持っているらしい。 「羽純さん、なんでここに」 「羽純さんは売人の方に関わってるって…」 壱と広志から異口同音の質問が放たれると、羽純の口からクスッと笑いが零れた。 「あっちの方は千影ちゃんが頑張ってくれてるから、ちょっと暇になっちゃったのよ。だから少しの間だけこっちに参戦」 まるで語尾にハートマークが付いているかのような口調。いつの間にか、広志と壱の肩に入っていた余計な力が抜けた。 そしてその間に、さっきの妙な煙の効能も消えうせたようで、目の痛みも喉の痛みもなくなっている。 おまけに、羽純の登場で虚を突かれたVercheの四人は、いまだガスマスクを着けたまま。 このまま戦闘にもつれ込めば、視界の悪さにすぐ地面に倒れ伏すだろう。 今ならいける。 そう確信した二人は、改めてナイフをグッと握り締めた。 ところが、 「羽純さん!」 思わずと言った感じの壱の声が響き渡った。 Vercheに向けて突っ込もうとした二人の前に、素早く移動してきた羽純が邪魔するように立ち塞がったのだ。 ここは自分達で始末をつける。そう考えていた二人には思ってもみなかった事態。 その隙に、Vercheのメンバーはガスマスクを脱ぎさってしまった。 あいつ等を殺れるせっかくの好機が…。 どうして止めるんですか。そんな思いを込めて視線を向けた広志に、羽純がその顔から笑みを消して言葉を放った。 「お前達二人は大切な仲間だ。使い捨ての駒じゃない」 「………」 「…羽純さん…」 Moonlessを抜けた一般人としてVercheのメンバーを殺め、そこで自分達が捕まってしまっても、それでもいいから少しでもMoonlessに有利になるように。 そう決意した二人を包み込むような羽純の言葉に、広志も壱も身動きを止めた。 「お前達自身が身動き出来なくなるような荷を背負う必要はない。背負うのは身動き出来るくらいの荷でいい。…一番重い荷は、俺達幹部が背負う」 素に戻った状態の羽純が言い切った言葉。二人の胸にグッと熱い何かが込み上げてきた。 幹部を守るために自分達のような下の人間がいる、そう思っていたのに、羽純はそれと真逆の事を言った。下の人間を守るために幹部がいる、と。重い責任は全部自分達が背負うから、と。 心が震えて何も言えなくなってしまった二人に、羽純がフッと表情を緩めた。その時。 「…って事は~、俺達四人の相手をアンタが一人でするって事なんだよなぁ?羽純さん」 Moonless側のやり取りに気に食わぬものを感じたのか、Vercheの一人が苛立ち紛れの声を発した。視線の先では、各々ナイフや鉄パイプを手にしたVerche四人の姿。 「ってめぇら調子にのんなよ!」 「待て」 激高して今度こそ突っ込んでいきそうになる広志を止めたのは羽純だった。その顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。 それを間近で見た広志の背筋に、何故か冷や汗が伝い落ちた。笑んでいるのに恐怖を感じさせられる得体の知れない何か。 「あんな雑魚が何人いても遊びにすらならない。すぐに沈めて終わりだ」 そう呟いた羽純は、余裕の足取りと、なんの構えもない姿でVercheの目の前まで歩み寄った。 ほぼ丸腰で自然体の相手が近づいてくれば、普通なら「馬鹿じゃねぇの?」と笑いながらボコボコにしただろう。だがVercheの四人は、自分達でも思いがけず無意識に後退った。 まるで、目に見えない何かに押されたかのように。 「な…、なんだよ。いくらアンタが強くたって、4対1じゃ勝ち目なんてないぜ?」 吠えるVercheのメンバー。強がっている言葉の割に、その声には怯えの色が混ざっている。 「どこに4人いるって?俺の前には人数として数える気も起きないくらいの雑魚しかいないけどな」 羽純にそう言われてさすがに激高したVercheの四人は、怯えを怒りに変え突如として羽純に突進してきた。 その状態を見て思わず駆け寄ろうとした広志の肩を、壱が掴んで引き戻す。 「なんで止めるんだよ!4人に囲まれたらいくら羽純さんだって!」 「…いいから見てろ、広志。羽純さんの実力が、少しだけでもわかるはずだ」 壱の言葉に「え?」と視線を羽純に戻した広志の視界には、驚くべき光景が入り込んできた。 数秒目を離しただけなのに、もう既に1人地面に倒れ伏している。全く動かない所を見ると気を失っているようだ。 次に、鉄パイプで殴りかかってきた相手の懐に素早く潜り込んだ羽純は、その相手の鳩尾に肘を入れ、それと同時に背後からナイフで切りかかろうとした奴の脇腹に、腰を回転させた反動を使って回し蹴りを食らわす。 まるで視界が360度あるような動きと、溜めを作らなくても繰り出せる攻撃の数々。相当鍛えていなければこんな動きはできない。 何よりも凄いのが、ほぼ一撃で相手の意識を奪っていること。 そんな動きをしていながらも、羽純の顔には「つまらない」とでも言いたげな退屈そうな表情が浮かんでいる。 「…広志、さっき俺が言った事訂正する」 「え?」 「こんな雑魚相手じゃ、羽純さんの実力を見る事はできない」 「………」 実力を出す必要もないって?遊びにもならないと言ったのは、そういう事なのか…。 広志の顔には感嘆の表情が浮かび上がった。 数分後。 Vercheの四人が完全に地面に沈んだのを確認した羽純は、何事も無かったかのような足取りで二人の前に来た。 「あんな雑魚に手間取っているようじゃ、アナタ達もまだまだね」 フフフと笑う羽純に、広志と壱は情けなく眉尻を下げるだけ。 だが、そんな二人を見た羽純は、一度短く溜息を吐いた。 「それから一つ言っておくけど。チームを大切に思ってくれているアナタ達の気持ちは痛いほどわかるし嬉しくも思うわ。けどね、それはアナタ達の人生を棒に振ってまでって事じゃないのよ。うちは軍隊じゃない。立場の差はあるけれど、同じ意識を持った仲間でしょ?切り捨てていい人間なんて一人もいないの。自分達の存在を軽く扱わないで」 「…羽純さん…」 「…あ…有難うございます!」 羽純の言葉に感動した広志は茫然と、そして、次期幹部候補と言われている壱はある程度羽純がどういう人間か知っていた為、声を張り上げて礼を言った。 駒や道具ではなく、一人の人間として扱われる事の心地良さ。自分を大切にしろと言ってくれる人がいる幸福感。 広志と壱は、嬉しさに頬を紅潮させて深々と頭を下げた。 そんな二人を見てクスリと笑んだ羽純は、そのすぐ後、何かを考えるように口元に指を当て、 「…そろそろエレメンツを動かすべきかしらね…」 そう呟いた。 †  †  †  † 「それで?私達四人がここに集まったという事は、とうとう指令が出たという事なんですね?(ショウ)」 高楼街の東区。Blue Roseの治める区域内にある、とある廃ビルの内部。 基礎のコンクリートがむき出しにされた広い部屋の中に存在する四つの人影。 元々窓が設置されていただろうと思われる四角くくり抜かれた部分から入り込む風が、涼しさを呼び込んでいる。 窓部分は全部で4つあり、そこから差し込む月明かりが、暗闇の中の四人を浮かび上がらせていた。 穏やかな声と優しい口調。最初に口火を切ったのは、平均的身長の割にガッシリした体格の少年だった。 月明かりを背にしている為に顔は見えづらいが、目元が優しく綻んでいるのはわかる。髪は不自然な程に白いショートシャギー。 「夕方に京平さんから連絡が来た」 それに対して静かに答えたのは、(ショウ)と呼ばれた少年。 四角にくり抜かれた部分に浅く腰をかけ、軽く膝を曲げた片足を同じくそこに乗せて座っている。 月明かりに照らされた横顔は、端正で涼しげなもの。光に淡く透けて見える髪の毛は深い藍色だ。 スラリとした背の高さをしているだろうとわかる手足の長さ。 「って事はいよいよ俺らの出番か?!」 青の言葉に素早く反応を示ししたのは、四角くくり抜かれた場所にしゃがみ込むようにして乗っている小柄な少年。 すぐ背後に空を背負っているというのに、落ちるかもしれない恐怖というものを微塵も感じさせない満面の笑顔。 ツンツンに立たせた髪の毛は燃えるような緋色だ。 「…あまりはしゃぐと落ちるぞ、朱里(シュリ)」 緋色の髪を持つ少年朱里に対して、心配というよりは諌めるように言葉を発したのは、月明かりが差し込まない壁際に寄りかかって立っている長身の少年。 声質や口調、醸し出す空気からも、どっしりとした落着きを感じさせるその少年は、無言で視線を斜め向こう側へ飛ばした。 その視線の先にいるのは、いちばん最初に言葉を発した白い髪の穏やかな風貌を持つ少年。 「須黒(スグロ)?なんで私を見るんですか」 「…白斗(ハクト)の仕事」 須黒と呼ばれた寡黙な少年の言った言葉の意味を、白斗はすぐに理解した。 苦笑いを浮かべながら朱里へと近づく。そしてその両脇に手を入れて、窓枠だった部分から床へ下ろした。 「落ちたら困るでしょう朱里。須黒が心配しますから下りましょうね」 まるで保父さんを思わせる口調に、朱里が少しだけ嫌そうに眉を顰めている。 青、朱里、白斗、須黒。 この四人は、Blue Roseの四神と呼ばれる裏高楼街東区の番人だ。 Blue Roseの治める東区内を四つに分け、東側を青、南側を朱里、西側を白斗、北側を須黒がまとめあげている。 そして、その上に立つのがBlue Roseの6人の幹部。 基本的に四神は、幹部からの指示以外では動かない事になっている。 「京平はなんて言ったんだよ、青」 青に近寄づいて一人落ち着きなく言葉を発する朱里は中3。青も同じ年齢なのだが、とてもそうは見えないのが不思議だ。朱里が子供過ぎるのか青が大人びているのか…。たぶん両方だろう。 そんな二人を穏やかに見守る白斗は、京平と同じ高1。須黒は那智と同じ高2だ。 腕を掴んで「なぁ、なんて言ったんだよ」と尚も食らいつく朱里をチラリと見た青は、面倒臭そうに溜息を吐いた。 「売人を捕えてルートを吐かせろ。そして確実に、バックにいる奴らとの動かぬ証拠を掴め。Vercheとの小競り合いはこっちに任せろ、という事だ。…いい加減手を離せ、朱里」 京平からの言葉を言い終わったと同時に、朱里の腕を振り解いた青。ただ、言葉の割にはその振り解き方は優しく、表向きはぶっきらぼうに見えても実はそうではない事がわかる。 大人しく青から手を離した朱里は、突然その場で「やったね~!」と歓喜の声を上げながらクルリとバック転をした。 「ぜ~ったいにそいつらをとっ捕まえて、神さんと那智君の前に引きずり出してやる~!」 「………」 「………」 朱里のテンションの高さに、疲れたように項垂れる青と須黒。白斗だけは、そんな朱里を優しい笑みで見守っていた。

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