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第32話
† † † †
「新崎幹部!」
宗賀組の本部事務所で土地競売の資料を見ている新崎の元へ、下の階にいたはずの弟分が手に何かの封筒を持ってかけつけてきた。
「なんだ」
「幹部宛てにこんな物が投函されてたんですけど、…差出人が…」
「差出人?」
何やら必死さを醸し出す相手の様子に、新崎の眉間に皺が寄った。そうすると、ただでさえ強面の顔が尚更凶悪になる。
受け取った封筒は普通の真っ白い物で、指で探ると小さく薄っぺらい何かが入っているのがわかった。
表書きには新崎の名。
そして裏を見ると…、
「………」
そこにあった差出人の名前を見た瞬間、新崎の片眉がピクリと跳ね上がった。それを見た男は思わずゴクリと唾を飲み込む。
「あ、あの…」
「下がれ」
「っはい!それでは失礼します!」
新崎の一言に、待ってましたとばかりに足早に部屋を出ていく男。
明らかに怒りの兆候が見られる兄貴分から、とにかく離れたいと思っているのがバレバレな程に素早い動き。
そんな情けない行動に普段なら呆れる新崎だが、今はそれどころではなかった。
『B・R』
裏に書かれた二つのアルファベット。それが何を意味するのか、新崎にはもうわかっていた。
『Blue Rose』
その略だ。
Vercheの裏に宗賀がいる事はもうバレているだろうとは思っていたが、まさか直接コンタクトを取ってくるとは。
…小僧どもが…、生意気な。
こみ上げる怒りを押し殺しながら、封を開ける。
中には、SDカードが一枚入っているだけだった。
たかだか素人のクソガキが送ってきた物を見てやる義理はない。それどころか、これを見る事自体がクソガキ共の意に沿って行動しているようで、腹が立ってしょうがない。
だが、幹部まで上りつめた新崎には、もう一つわかっている事もあった。
情報を一つ逃しただけで、戦局が簡単に反転してしまう事がある、と。
だからこそ忌々しい。なんだかんだ言って、これを送りつけてきた奴は新崎が必ず見る事をわかっているのだろう。
「チッ」と舌打ちをした新崎は、デスクの上にあるノートパソコンにSDカードを差し込んだ。
真っ先にウイルスソフトが起動して、そのSDカードがスキャンされる。
どうやらくだらない物は仕掛けられていないようだ。何事も無くファイルが開かれる。
「…音声ファイルが一つと、文書ファイルが一つ…」
どちらを先に開くか躊躇う事もなく、新崎は最初に文書ファイルを開いた。
【宗賀組 新崎幹部殿
裏高楼街に足を踏み入れた貴方へ、歓迎の贈り物を一つ。
ですが、残念ながらお送りした物は複製品です。
本物はこちらの手の内にあると覚えておいて頂きたい。
この贈り物を受け取った貴方がどう動くのか、楽しみにしています。
そして、今後の進退についてもし悩んでしまった場合の助言を先にここに記しておきましょう。
“潰されたくなければVercheと手を切り、裏高楼街から手を引け”
貴方ほどの人物なら、裏高楼街がどういう場所か既にもうご存知のはず。
遊びが遊びで済まなくなる前に手を引く事をお勧めします。
追伸:そちらの組長はこの事態をご存じですか?】
「…なめやがって…。いい気になるなよ!」
顔を歪め、低く怒りの言葉を吐き出した新崎は、続いて『贈り物』であるらしき音声ファイルを開いた。
そこから聞こえだしたのは、しゃがれた男声。ドラッグ売買のルートから、それに関わっている人間の名前まで、知られたらマズイ内容を話している。
最後まで聞けば、それが薬の売人だという事はわかったが、何故売人ごときが自分の名前まで知っているのか。
「くそっ!誰だこんな馬鹿を配置したのは!!」
ダンッ!!
握っていた拳をデスクに叩きつける。
これから大量に売り付けるつもりで、シャブ自体は舎弟の数人が分けて隠し持っているが、もしこの音声が警察に届けられた時の事を考えると、家宅捜査される前に全部それらを流してしまわないといけない。
薬物売買で利益を得ているとバレれば最低でも6年の懲役。ブツを1キロ持っていればその時点で無期懲役が決定だ。
市場を広げようと先を急いだ誰かが、売人を早々に玄人から素人へと変更してしまったのだろうが、まだ開拓途中で足場が固まっていないこの時期に、たかだか小僧に捕まったくらいで全てを吐き出すような素人を配置するなど、愚かにも程がある。
おまけに、情報もダダ漏れだ。たぶん、素人同然の奴になら何を言っても意味などないだろうと思って雑談混じりに話した馬鹿がいるのだろう。それがこのありさまだ。
地に馴染むまでは玄人を使っておけとあれほど言ったのに…、馬鹿野郎が!!
基本的にシャブ売りは、末端である売人が警察に捕まっても、大元までは手が届かない。
間に数人仲介しているせいで、途中の人間を国外に逃がしてしまえばそこで捜査の手が止まるからだ。
それなのに最初の段階でこの不始末。すぐにでも、そんな配置を指示した者を見つけ出して処罰を下さなければならない。
そして、そんな状態を見越して行動を起こしたBlue Roseの小僧を、少し見直して考えなければ、…今後ヤバイ状態に陥る可能性がある…。
認めたくはないが、認めて対処を考えなければこっちが危険だ。
「…思った以上にやりやがる…。桐島の組長が自分とこに欲しがるのも間違っちゃいないって事か…」
もう一度「クソっ」と毒づいた新崎は、パソコンからSDカードを抜き取り、スーツの内ポケットにそれをしまいこんだ。
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