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第33話

†  †  †  † 四神を動かし、売人を捕まえた日から3日後。 この3日間というもの、イヤな胸騒ぎの消えない京平は、いまだかつてした事のない暴挙に出た。 暴挙と言っても大したことではなく、ただ、その胸騒ぎの原因である人物のもとへ、陽の出ている明るい内に顔を出した、というだけだが…。 放課後の藍桐学園、正門前。 目当ての人物とすれ違いにならないよう、少しばかり早めにこの場所へ辿り着いていた京平は、悪目立ちしないように正門横の壁に寄りかかった。 だが、藍学の制服の中にポツンと一人だけ聖嘩学院大付属高校の制服だ。目立たないはずがない。 藍学の正門から出ていく生徒達が、チラチラと京平を見ている。 そんな時、正門前の道路を通りがかった近くの女子高生達の会話が、京平の耳に届いた。 「今日こそ運よく会えたりしないかな~?」 「ね~!こんなに毎日通ってるのになんで会えないかなー!」 「さようならって挨拶してみたいね」 「私は那智君に言ってみたい!」 「あ!私も私も!那智君いいよね」 「ん~、那智君もいいけど私は会長の日吉君がいいな~」 キャーキャーとそんな事を云いながら、結局彼女達の思い通りにはいかず、藍学の正門前を通り過ぎていく3人の女子高生。 彼女達の声が聞こえなくなった途端、京平は自分の眉が寄せられている事に気がついて、ふぅ…と溜息を吐きだした。 本来の那智を知らない人間が勝手に那智を慕うなんて気分が悪い。話しかけるなんてもってのほかだ。 それは京平の独占欲。 那智には那智の生活があって、裏高楼街で生活している時以外の付き合いもあるだろう。 それはよくわかっている。けれど、自分の知らない那智の生活があると考えただけで、胸が苦しくて苦しくてたまらない。 まるで何かの病気みたいだ。それも、時が経てば経つほど悪化する厄介な病。 そんな事を考えて地面をボーっと見つめていると、 「…京平…?」 待ちわびていた人物の声が耳に届いた。 授業を終えて正門を出た那智の目に、あらぬ光景が映り込んだ。 ここにいるはずのない人物がいる。 正門横の壁に寄りかかり、俯き加減で目を伏せているその姿は紛れもなく、 「…京平…?」 Blue Roseの仲間である京平本人だった。 それまで無表情だったのに、目が合った途端にフワリと綻ぶ目元。 誰にも懐かないはずの大型犬に懐かれているような感じがするのは、気のせいか。 そんな事を思いながら那智が近づいていくのと同時に、京平も壁から背を起こして歩み寄ってくる。 次々と正門から出ていく藍学生達が、そんな二人を不思議そうに見ながら通り過ぎていく中、向き合って足を止めた那智は初めての出来事に困惑気味の声を上げた。 「どうした?京平がここに来るなんて、何かあった?」 「…ここは目立つから移動しましょう」 「………」 優しく腕を掴まれ、問いに答えないまま突然歩き出した京平について行きながら、那智は内心、 目立つから…という意識がある割には、よくもまぁあそこまで堂々と他校の制服で正門前にいたものだ… と、相手の行動と言動の矛盾差に可笑しくなった。 声には出さないまでも思わず口元を緩める。 そして無言のままの京平に連れて行かれたのは、以前、蓮に連れてこられた事のあるいつかの寂れた公園だった。 傾いているとはいえまだ陽がある為そんなに閉鎖感はないものの、静かな公園というものはやはりどこか密やかな雰囲気がある。 前の時よりも時間は早いはずなのに、やはりここには人がいない。 人の来ない公園に果たして存在価値があるのだろうか…と、至極現実的な事を考えていた那智は、いつの間にか立ち止まっていた京平の背にぶつかりそうになって慌てて足を止めた。 ベンチの前に辿り着き、それでもまだ腕を離してくれない状態にどうしたものかと悩んでみても、結局京平に離す気が無いのなら自分が何を言ってもダメだと結論付けてそのままにしておく。 「…何か言いたい事があるんだろ、京平は。何を言われても俺が京平に対して負の感情を持つ事はない、だからどんな事でも言えばいい」 俯き加減の京平にそう促すと、驚いたように勢いよく顔が上げられた。 何故自分が思っていた事がわかったんだろう…。そんな感じの表情。 実際、那智が言ったとおり、京平は那智に言いたい事があるものの、余計な事を言ってしまって那智に嫌われてしまったらどうしようかと逡巡していた。 そもそも、那智の行動に間違いなどない。それは今までの経験からよくわかっている。 だからこそ、それに水を差すような事を言っていいのか迷っていたのだ。 だが、那智は大丈夫だと言う。…それなら…と、京平は思い切って口を開いた。 「…この前、捕えた売人から聞きだした言葉。那智さん密かに録ってましたよね?」 「あぁ、…よくわかったな」 京平の言葉に、那智は思わず苦笑した。それだけで、京平が何を言いたかったのかがわかってしまったからだ。 ”録った物をどうしたんですか?” 京平が聞きたいのはそれだろう。相変わらず鋭い。 柔らかそうな茶色の前髪が目元にかかって、その涼やかな双眸に憂いの影を落としている。心配で仕方がないのだと、ひたむきな眼差しが雄弁に語っていた。 その瞳を真正面から見つめ、微風に揺れる葉のざわめきを聞きながら、那智は一昨日の自分の行動を思い返した。 ヤクザ相手には、吠え過ぎても吠え無さ過ぎてもダメだ、という微妙な境界のやりとり。 郵送で送りつけた音声を聞いた相手側がどう出るか。果たして凶と出るか吉と出るかもスレスレのライン。 もしこれが、裏高楼街に根を下ろして長い相手であれば凶と出ただろう。だが、入り込み始めたばかりで、自分達もどうなるかわからないだろう状況下の相手には、逆に吉と出るはずだ、という一か八かの賭け。 机上での勝敗予測は7:3。もちろんこちら側が7だ。じゃなければやらない。 目の前でひたすら次の言葉を待っている京平を見た那智は、嘆息した後に口を開いた。 「京平の想像通り、あれは宗賀の新崎に送りつけた」 言った瞬間、那智の腕に小さな痛みが走る。腕を掴んだままの京平が、無意識に手に力を入れたからだ。 僅かに眉を寄せた那智の表情に気づいたのか、その手は「すいません」という小さな声と共に名残惜し気に離された。 「そんなに心配しなくていいよ。たぶん悪い方向には転がらないはずだ。そう確信がもてなければ俺はやらない。わかってるだろ?」 「…はい」 力無く頷く姿に、笑みが零れた。狂犬化している時とはまるで別人のような様子。 前に一度、直哉から聞かれた事がある。「どっちが本当の京平君なの?」と。 でも那智はその問いに笑みを返すだけで何も答えなかった。 何故か…って、優しい京平も物静かな京平も狂犬化している京平も、そのどれもが全部“本当の京平”だからだ。 一面性しか持たない人間などいない。人は最低でも公私の二面性を持っている。多面性であったとしてもなんら不思議ではない。 その場の状況に応じて、そしてその時の自分の感情に応じて、それぞれに対応が変わるのが人間だ。 確かに京平はその表れ方が極端ではある。だが、だからと言って、その間の記憶がなくなっているわけでもなく、二重人格というわけでもない。 その全部が京平だという事に疑問を持つ前に、それが京平だと受け入れればいいだけの話。 いま目の前にいるのは、大切な仲間の京平だ。那智を心から心配してくれている可愛い後輩。 ポン、ポン 少しは不安が薄れたらしい京平の頭を、那智は優しく撫でるように叩いた。

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