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第35話
† † † †
「雫 。孝正君は、狙いはゼロのみって言ったの?ここまで荒れてくると南区域の中小派閥にも目を向けた方がいいんじゃないかな?」
「お馬鹿さんだね颯 は。他の奴らは、『この争いに巻き込まれたくない、上手くいけば闇とゼロが共倒れになるからそれを待とう』って思って静観してるに決まってるじゃないか。そんな奴らは放っておけばいいよ。俺様の手をかける必要も無い」
「…ふぅ~ん。雫がそう言うならいいけどさ」
深夜の宮之内埠頭。
岸壁のコンクリートに打ちつける波の音が大きく響き渡る中、月明かりの下に四人の少年の姿があった。
雫と呼ばれたのは、プラチナ色の長髪を海風に靡かせている長身の少年。
自分がどういう表情を作れば相手に良く見せる事ができるのかを理解しているようで、少々芝居がかった仕草と共に、その端正な顔に冷やかな笑みを浮かべて三人を順に見つめている。
対して颯と呼ばれた少年は、風の吹きさらすままに髪を散らされているというのに、顔にかかりまくるそれをまったく邪魔にも思わないのか、視界不良の状態で海を眺めたまま。
髪色は淡い水色のミディアムショート。
雫と会話をしているはずなのに、視線は遠く海の彼方に向けられている所から、この颯という人物がかなりのマイペース人間だという事がわかる。
「僕も雫に賛成~!小さい奴らなんて放っておけばいいよ。孝正さんの言う通りにゼロに喧嘩仕掛けるなら、他に目をくれてる余裕もないっしょ!」
「…焔 、いくら弱小と言えども派閥は派閥だぞ。あまり気を抜くと寝首をかかれる事もある。ゼロとやり合いながら他に目を配る事も重要だ」
「うわー…、大地って中三だよな?いちばん年下なのになんでそんなにオヤジくさいわけ?年齢誤魔化してんだろお前」
「…オヤジ…」
数メートル真下に海を見下ろせる岸壁の縁ギリギリを、まるで平均台を渡るように両手を左右に広げながら歩いている少年焔は、オレンジ色の髪をフワフワと靡かせたまま眉を顰めて大地と呼んだ相手を見た。
だが視線を向けられた当の本人である大地は、高一である相手にオヤジ呼ばわりされたのが相当ショックだったのか、雫よりは低いものの、それでも平均男子身長をクリアしている背を僅かに屈め、茶色の短髪に両手を突っ込んだ姿勢で顔から表情を消している。
焔と同じ高一の雫は、先程と全く変わらない芝居がかった微笑みのままそんな二人を見つめ、この中でいちばん年長である高二の颯は、やはりどうでもいいのか三人に背を向けて海の向こうを見つめたまま。
てんでバラバラ、結束力があるのかないのかわからない、そもそも結束力なんて言葉自体が存在しているのかさえ疑わしい。この四人がMoonlessの守護者『elements』だとは、誰も思わないだろう。
戦闘中に醸し出す雰囲気と普段の雰囲気との差があまりにも大きく、これに慣れない人間はある程度の期間ギャップに悩むと言う。
「直接ぶつかるのは四神に間違いないだろうな」
「大地は四神にぶつかってればいいんじゃない?俺は適当にやるから」
「颯の言う適当って微妙~」
「何を言ってるんだ焔。お前も微妙。…というより、俺様以外は全員微妙だから仕方がないか」
最後にフフンと得意気に笑うナルシーな雫の言葉によって、どうにかこうにか場がおさまったような、おさまっていないような…。いつものパターン。
「そんじゃ作戦でも練ろうぜ兄弟!」
「俺と焔って兄弟だったかなー…?」
「焔の言葉にいちいち疑問を持つな、颯。話が進まない」
「大丈夫だ、大地。俺様が考えれば作戦なんてすぐに決まる」
いまいち真剣味のないやりとりのまま進んだ話し合いだが、その30分後には埠頭から彼らの姿は消え失せていた。
† † † †
「いた!あっちだ!」
「待て!この野郎!!」
高楼街東区。
表通りの賑わう繁華街とは対照的に、街灯の明かりも少ない路地裏。
普段は静寂を保っているその場所に、今夜はいくつかの怒声と足音が響き渡っていた。
砂混じりのアスファルトを踏みつける複数の足音と、走っている為か荒い呼吸音。
東区の西側付近にVercheのメンバーらしき人間が数人いると、連絡を受けて駆け付けたBlue Roseの一般メンバー四人は、1時間弱捜索した結果、ようやくその三人を見つけて追い詰める事に成功していた。
2人2人に分かれて前後から挟み打つ。
Blue Roseが治めている東区で、区内の地理を完璧に把握しているBlue Roseのメンバーから逃げようなどと、どだい無理な話。
「さぁ、もう逃げられないぜ。卑怯者のVercheさん」
「追放状が出たっつうのに、よくのこのこ東に来れたもんだ。…無事に北区には帰さねぇよ」
抜け道を回り込み、逃げるVercheを正面から迎えうったBlue Roseの二人は、悔しそうに睨みつけてくるVercheの3人を見てニヤリと笑った。
そして、その向こう側にいるもう2人のBlue Roseメンバーに向かって目線だけで頷き合図を送る。
合図を送られた二人は、手に持っていた鉄パイプをガコッ!と地面に叩きつけた。
その音に驚いたVercheの三人が一斉に振り向いた瞬間。
「背後の敵に隙を見せんなよ!っと!」
先程合図を送った方の二人が、同時にVercheの三人に向かってドロップキックをお見舞いした。
体勢の悪い振り向いている状態での攻撃に、「ぐぇっ」と潰れた声を上げて二人が吹っ飛ぶ。
そして吹っ飛んだ二人の脇腹を、遠慮なく鉄パイプが襲う。
鈍い音が聞こえたところから、二人の内のどちらか、もしくは二人共か、骨に何らかの異常をきたした事がわかった。
痛みに呻いて道路に寝ころがる仲間を見た残りの一人は、初めてその顔に怯えの色を乗せ、それでもここでみっともなく逃げ出す事はプライドが許さないのか、迫力の無い大声で吼える。
「…お…お前ら…、俺らの背後にヤクザがついてんの知らないのかよっ。こんな事して、ただじゃすまねぇぞ!」
“虎の威を借る狐”
あまりに無様過ぎる捨てゼリフに、Blue Roseの四人は白けたように溜息を吐いた。
ドロップキックをした内の一人は、「なんか痒くなってきた」と呟いて首筋を手で擦っている。
「…こんな奴が裏高楼街に属してるなんて、恥ずかしくて俺泣きそう…」
「裏高楼街の派閥って言えば、玄人には敵わなくても素人が集まる徒党の中では最高の軍力って言われてんのになぁ…、面汚しもいいとこだぜ…」
鉄パイプを持っている二人に至っては、嘆かわしいとばかりに肩を落とし、その鉄パイプで道路をガリガリと削り出す始末。
パッと見には、まるでイジケているようにも見えるその姿に、Vercheの生き残り一名は完全に馬鹿にされたとわかったらしく、顔を真っ赤にして怒りを爆発させた。
「お…前ら…、ぶっ殺してやる!!」
本気の怒りは理性を破壊する。
4対1では明らかに負けるとわかる状況なのに、Vercheのメンバーは鉄パイプを持った二人の方へ突進した。
隙だらけで理性の飛んだ奴が相手になるはずもなく…、まるでバットで撃たれる球のように腹に鉄パイプを受けたそいつは、横に聳え立つ3階建のビルの壁に背を打ちつけて、今度こそ地面に崩れ落ちる。
呻き声も上げないという事は、気でも失ったのだろう。
「あ~…手が痺れた」
鉄パイプを馬鹿力で振りきった本人は、手をプルプルと振って不満そうに呟いている。
「こいつらどうすんの?」
「『僕達Vercheの素敵男子です』って顔に書いて北区の電柱に縛りつけとこうぜ」
「おぉ!それいい案!」
それまでの殺伐とした緊張感を一気に崩したBlue Roseのメンバー4人は、本来の少年らしい冗談好きの性格を覗かせ、地面に転がっているVercheメンバーの襟首を持つと彼らをズリズリと引きずりながら歩きだした。
ところが…。
「待てよ」
背後からかけられた声に、全員が振り返る。
いつからいたのか、もしくは今来たばかりなのか…、ビルの影から姿を現した二人の少年が、こちらを睨みつけるようにして立っていた。
「…なんだよお前ら」
放つ気配が明らかに普通ではない。
自分達と同じ匂いがする。という事は、一般人ではなく、どこかの派閥に属している人間だ。
そこでBlue Roseのメンバーは、今自分達がいる場所を思い描いた。
高楼街東区の西側。それは要するに、Moonlessが治める高楼街の西区と隣り合った場所という事。
…まさか…。
緩みきったはずの場に、一気に緊張感があふれ出す。
「確かにそいつらVercheは東区に足を踏み入れていた。だからお前達ゼロが手を下すのは当然だ。…だが元々は西区を荒らしまわってた奴らだ。お前達の気は済んだだろうが俺達の気は全く治まってない。身柄を引き渡してもらおうか」
その言葉から、そこに立つ二人がMoonlessのメンバーだとハッキリ確信できた。
言葉を放った人物が主導権を握っているのか、もう一人の人物は何も言わないまま、襟首をつかまれたまま地面に転がっているVercheメンバーを睨みつけているだけ。
…これは一体どうしたものか…。
境界ギリギリとはいえ、ここはまだBlue Roseの管轄内。Moonlessメンバーの言葉を拒否ろうと思えば、正統な意味で拒否る事が出来る。
だが、二人から漂ってくる気迫が、ここでVercheメンバーの身柄引き渡しを拒まれた場合は力づくでも連れて行く、といった勢いを感じさせるのも事実。
何が引き金となって状況が転がるのかわからない今の裏高楼街の状況では、軽はずみな対応はできない。
…どうする?
Blue Roseの四人は目線で意見を交わし合った。
上からはVerche追放の命令は出ているが、Moonlessとの事は何も言われていない。
これが他の派閥のメンバーであればどうとでもなるものを、Moonlessのメンバーとなればそうはいかない。
「何をそんなに考える必要がある?そいつらをこちらに引き渡してくれればそれで済む事だろ。制裁は西に戻ってから行う。お前達には何の問題にもならないはずだ」
動きを見せないBlue Roseのメンバーに対して痺れを切らしたのか、尚も畳みかけるように言葉を紡ぐMoonlessのメンバー。心もち、表情に苛立ちが加わったように見える。
確かに、潰したVercheメンバーにもう用はない。だからといって、敵対関係にあるMoonlessの奴らに、はいどうぞ、と軽々しく引き渡せるかと言うと…。
「…そりゃ難しい話だな」
という事になる。
Blue Roseメンバーは、それまで掴んでいたVercheメンバーの襟首から手を離した。
ドロップキックや鉄パイプをくらって気を失っていたVercheメンバーは、地面に落とされた衝撃で「ぅッ」と目を覚ましたようだ。それでも負傷している状態では、素早く起き上がる事も出来ない。
「…なんだ、やる気か?」
Vercheメンバーを道路に落として手を空けたその意図を察したMoonlessの二人は、双眸にギラリと鋭利な刃物のような光を浮かべた。
「2対4じゃ、どう考えてもそっちに勝ち目は無いぜ?闇の兄さん達。今日は大人しく引き下がったらどうだ?ここが俺達ゼロの管轄地区だってわかってるなら、尚更」
Blue Roseメンバーの四人の中でもいちばん落ち着いて見える少年が、そう言いながら一歩前に出た。その斜め後ろでは、威嚇の意味も兼ねて二人が鉄パイプを肩に担ぎあげる。
誰かが一歩でも動けばそれが引き金になる、一触即発の空気。
その時、どこからともなく「ヴーヴーヴー」というバイブ音が鳴りはじめた。
「チッ」と舌打ちをして携帯を取り出したのは、さっきからずっと黙ったままのMoonlessのもう一人だった。
「…はい…。…え?…、あぁ…はい…、わかりました」
この状態で普通に携帯に出るという神経がわからない…と、Blue Roseメンバーが呆れた眼差しを注ぐ中、通話を終えた本人は、自分の斜め前に立っている仲間の肩を叩いた。
「彬 。雫さん達が動くからそれより先に事を起こすなよ、って伝令」
その言葉を聞いた彬と呼ばれた少年は、昂ったアドレナリンを放出するかの如くとてつもなく深い溜息を吐きだした。
そしてBlue Roseメンバーに向き直り、
「お前らとやりあえなくて残念だが、今日はこれでお終いだ。…真央 、行くぞ」
それまでの空気をものの見事に払拭してさっさと踵を返す。
真央と呼ばれた少年と並んで何事も無かったかのように帰っていくその後ろ姿に、さすがのBlue Roseメンバーも茫然。
「…結局なんだったわけ?」
「…さぁ…」
「意味わかんね」
「………」
マイペースにも程があるMoonlessメンバーの行動に、思わず毒気を抜かれた四人であった。
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