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第36話
† † † †
「四神が揃いました」
深夜0時ちょうど。
神、那智、宗司、京平。そして、高志と直哉。Blue Roseの幹部6名が控えているTrinityの奥の部屋の扉が開かれた。
幹部候補の和真だ。
部屋の中に漂う研ぎ澄まされた空気のせいか、いつもノホホンとしている和真の顔が真剣なものになっている。そのキリっとした鋭い表情は、和真を頼りがいのある一人前の男に見せていた。先が頼もしい限りだ。
部屋の中には、中央にある四角いガラステーブルを囲うように三人掛け用のソファが四つ、それぞれ向かい合わせに設置されていた。
扉から入って正面にあたるソファには、神と那智が、那智達の向かい側となる扉を背にしたソファには、高志・直哉・宗司が座っている。
そして、京平はいつもの様に奥の壁際に寄りかかって立っていた。
幹部に入って数日した頃、直哉は京平に「何故座らないの?」と尋ねた事がある。その時の京平の答えは「もし何かがあった時に、真っ先に動きたいから」というものだった。
その時は「へぇ~…」とだけしか思わなかった直哉だが、今ではそれが『那智に何かがあった時にすぐ飛び出せるように』という事だと理解している。
そして、そんな京平の考えは今でも変わらないらしい。
「今日は四神もお前も座れよ」
隣にいる直哉が可哀相になるくらい足を広げて座っている宗司が、空いているもう二つの三人掛け用のソファを視線で指し示した。
それに頷き返した和真が扉の前から離れてソファに座ると同時に、開いたままだった扉の向こうから四人の少年が姿を現す。
Blue Roseの守護神、“四神”だ。
幹部6名、幹部候補1名、四神4名。
事実上、Blue Roseを動かしている総勢11名の人間が一同に介するのは、じつに数か月ぶりの事になる。
それぞれが力のある人間なだけに、部屋は広々としているものの空気の密度は異常に濃いものとなっていた。
一般のメンバーがここにいたら、緊張して口もきけなくなるだろう程に溢れる強者の気迫。
そんな中、閉じた扉を背に部屋の中央まで足を進めた四神は、神と那智の座るソファの横に辿り着くと、4人同時に腰を落として床に片膝を着き、頭を垂れた。
「四神、揃いました」
四神の筆頭を担っている青が、忠誠を誓う態勢のまま声を発する。
普段から落ち着いている青、白斗、須黒はそのままだが、常に子供っぽい態度の朱里までも真剣そのもの。
神と那智に忠誠を誓っている気持ちが本物だと、全身からそう訴えている姿。
毎回この時だけは、幹部は誰一人として口を開かない。今ここで四神に何かを言えるのは、神と那智だけだとわかっているからだ。
宗司などは、相も変わらない四神の忠誠の心が嬉しいのか、目元を優しく緩めて見守っている。
「この前は助かったよ。一応とはいえ、とりあえず売人は姿を消した。…後は大元、だな」
那智が声をかけると、途端に四人の顔が綻んだ。
青は顔を上げて、ほんの少しだけ首を横に振る。『大した事はしていません』と。
それに対して笑みを浮かべる那智に、青も薄らと微笑み返す。
なんとなく優しい空気が流れたその時、青の着ているシャツの裾を誰かが引っ張った。
振り向いた青の視界に映ったのは、斜め後ろにいる朱里が口を尖らせて睨みつけてきている姿。
「…なんだ」
「一人だけ那智君といい雰囲気になるな~!」
「…白斗…、朱里を」
「え?!また私ですか?たまには須黒が叱ってくれたっていいでしょう」
突然始まった四人のやり取りに、そんな姿を初めて見たのか直哉は茫然とし、高志は腹を抱えて笑いだす。
京平は何の反応も示さず、那智と宗司は可笑しそうに見ているだけ。
そんな中、神だけは頭が痛いとでもいうような呆れた表情で溜息を吐いた。
「…いいから座れ。話が出来ないだろ」
その言葉に瞬時に反応する4人。今のやりとりが嘘だったかのように、大人しくソファに座った。
ちなみに、那智側の斜め前のソファには青と須黒が。神側の斜め前にあたるソファには和真と朱里と白斗が腰を下ろした。
これでようやく話し合いが出来る状態になる。
それまで爆笑していた高志は、今度はゴホゴホと咳きこんで苦しんでいたが、「笑いすぎだ」と直哉を挟んだ横から宗司が拳を落とすと、無理やりにでも大人しくなった。
「…始めようか?神」
「あぁ」
部屋の空気が落ち着いたのを見計らった那智が隣に座る神へ視線を向けると、顎を引くだけの微かな頷きを返した神が、その場にいる全員に視線を巡らせた。
鋭い眼差しに射抜かれ、各々が背筋に緊張感を漲らせる。
それを見た那智は本題に入る為に口を開き、いつもの如く落ち着いた声を部屋に響かせた。
「まず大まかに言うと、闇とゼロとの全面抗争が確定しました。向こうの考えとしては、北区をゼロに奪われる前に奪っておけ、というところでしょう」
「全面抗争って事は、街の中で闇のメンバーと会ったら問答無用で戦闘にもつれ込んでもいいって事か?下の奴らはそう理解しかねないぞ」
宗司程ではないにしても、やっぱり大きく足を広げて座っている高志が何やら楽しそうに瞳を輝かせて言った言葉に、那智は静かに首を横に振った。
それでは裏高楼街が完全に無法地帯化してしまう。宗賀組が絡んでいる今、それは避けたい。
「闇と戦闘にもつれこんでいいのは、東区、北区、南区のみです。闇の管轄である西区では、こちらから仕掛けるのは止めて下さい。いくら全面抗争と言っても、不可侵領域は存在する。そういう考えを徹底したい、というのが俺の考えです。…それにたぶん、これに関しては向こうも同じ考えで来ると思います。闇側が東区内で自ら戦闘を仕掛けてくる事はないでしょう。ゼロのメンバーには、末端まで全員にこの考えを行きわたらせるつもりです」
「俺達には俺達の闘い方がある、ってね。相変わらず漢 だな、那智の考え方は」
嬉しそうに言う高志に、那智は少しだけ笑みを向けた。その時、
「…エレメンツ、か」
壁際から不意に洩れ聞こえた声。
神と那智以外は、全員がその方向へ…、声の主である京平へと視線を向けた。
「…あ~…っと…、那智?通訳頼む」
それ以上何も言う気が無いらしい京平に困った宗司は、苦笑いを浮かべて那智に助けを求めた。
「宗司さん、通訳って…」
宗司と高志の間に座っている直哉は、両側から迫っている足のおかげで窮屈そうに座っているものの、通訳という言葉に反応して思わずツッコミを入れる始末。
宗司の言葉によって、京平に向けられていた視線が今度は那智に集中した。
更には京平本人まで那智を見つめている。
…なんだこの期待に満ちた眼差しは…。
四方八方から向けられる妙な視線に、那智はついつい溜息を吐いた。
「京平は、何故ここに四神が呼ばれたのか理由がわかったんだと思いますよ。さっき京平が呟いた言葉、『エレメンツ』。これがその答えです。闇がエレメンツを動かす事を決めたので、その対応は四神に任せようかと…、そう考えて四神をこの場に呼びました。そういう事です」
那智が言いながら京平を見ると、大正解だったのだろう…、とても嬉しそうに微笑まれた。
いつもそうだが、京平は自分の放った一言から那智が全てを理解してくれるのが嬉しくてしょうがないらしい。
確かに、この芸当は那智ならではのものだ。京平のこれを完全に理解出来る人間は、他にはいない。
よくわかるな…と、全員が感嘆の溜息を零し、高志に至っては、
「もう俺には飼い主とペットにしか見えん…」
そう言って溜息混じりに笑った。
「エレメンツか~。久し振りにアイツらとやりあう事が出来るって、ちょっとワクワクしねぇ?」
「朱里…。いつも言ってますけど、グチャグチャのボコボコはやめて下さいね?せめてボロボロくらいにして下さいよ?」
「…白斗…。お前がいちばん危険」
朱里と白斗の会話を耳にした須黒が、呆れたような目で二人を見つめて呟いている。
青に至っては完全に3人を無視だ。一人だけその会話に加わらずに那智と神に向きなおった。
「エレメンツを完全に敵視して構わないという事ですね?」
「そういう事になる。でも、青…、一つだけ守ってほしい」
「はい」
「絶対に無理はするな。これが最終戦争だとは思わないでくれ」
「………はい。わかりました」
那智の言葉を聞いた青は、そこにある思いを噛みしめるようにして頷いた。
それを見た那智が隣に視線を送ると、「今のでじゅうぶんだ」というように、頷く代わりに一瞬だけ目を伏せる神。
たったそれだけの事なのに、那智は自分の気持ちがとても落ち着くのを感じた。
これで重要な話は全て終わりだ。
「和真。今の話を下の奴らにも通しておけ」
「わかりました!」
神の指示に背筋をピンっと伸ばした和真は、指先を揃えた手を額に付けて返事をする。
その口からは今にも『イエッサー!』という言葉が出てきそうだ。
そこでようやく、室内に和やかなムードが流れ出した。
個人行動で外に出ている時は常に緊張感を持っている幹部達も、このメンバーといる僅かな時間だけは気を抜く事ができる。
その心地良さを誰もが感じ取っていた。
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