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第39話
† † † †
深夜1時。
北区にある寂れたバーで、Vercheの2トップである臣原と中埜、そして宗賀組の新崎が顔を合わせていた。
新崎にしてみれば、こんな場所で隠れるようにコソコソと話を詰めるなどという真似はしたくない。だが、Vercheの今の力では、こんな店しか話し合う場所が無いというのが実情。
本当なら、Vercheなど潰されようがどうなろうが気にもならないが、自分の遂行している計画にちょうどいい足掛かりである事は間違いない。
これも未来への投資だと考え、苛立つ気持ちを抑えてソファに座る新崎の目の前には、Vercheの二人が座っている。
やや緊張感を伴っている様子なのは仕方のない事だろう。武闘派だとは言っていても、所詮は子供だ。それもかなりの小物。
Blue RoseやMoonlessの幹部達とは何もかもが違う。
抑えきれない苛立ちを酒で散らすようにグラスの中のウイスキーを一気に呷った新崎は、そのグラスをテーブルに叩きつけるように置いてから目の前の二人を見据えた。
「…お前ら…、なめてんじゃねぇのか?なんだ今のこの様 は!あいつらに火をつけるだけつけといて、てめぇに消せない火の粉が降り注いでりゃ意味がねぇんだよ!!」
「「すみません!!」」
新崎の怒声に、臣原と中埜はテーブルに額が付くほど深く頭を下げた。
まるでハンマーでぶっ叩かれるかのような怒りの波動に、二人の背中を汗が伝い落ちる。
…自分達が今こんな目に合っているのは、全部あいつ等のせいだ。
胸の内で、どこまでも目障りなBlue RoseとMoonlessに向けて唾棄する。
あいつ等さえ潰してしまえば自分達の天下が見えているというのに…、裏高楼街を我が物顔で歩き回れるというのに。
おまけに配下たるメンバーのなんと非力な事か。使い捨てにさえならない屑共が!
こみ上げる悔しさと、目の前にいる新崎への恐れで、何も言葉が出てこない。
そんな二人の様子を、まるで虫けらでも見るかのような眼差しで睨んでいた新崎は、暫くしてスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出した。
それをピンっと指で撥ね、テーブルの上を滑らせてVercheの二人の前にまで移動させる。
ずっと俯きっぱなしだった2人の目に飛び込んできた一枚の写真には、同じ年代の綺麗な顔をした理知的な容貌の少年が一人写っていた。
「…これは?」
顔を上げた臣原が新崎に問うと、新崎は手酌でグラスにウイスキーを注ぎながら一言、
「ゼロのNo.2だ」
そう答えた。
瞬間、Vercheの二人は驚きに目を剥いた。
派閥の中でも、一番得体が知れないと言われている人物。Blue RoseのNo.2。
その二つ名を“ゼロの至宝”と呼ばれている裏高楼街きっての軍師。
他派閥はもちろんの事、Blue Rose内でも幹部しかその姿を見た事が無いという、ある意味本当にいるのかいないのか存在が危ぶまれている人物。
その姿が、いま目の前にある写真にハッキリと写し出されていた。
「こいつがあの生意気なゼロのNo.2だって事はほぼ間違いない。お前らに本気でやる気があるのなら、………まず最初にコイツを潰せ。そして、もしゼロも闇も潰せなかった場合は、お前らの命は無いと思え。いいな?」
「「はい!!」」
明らかに本気で言っている事がわかる新崎の様子に、臣原も中埜も即座に声を張り上げた。
Blue RoseのNo.2を潰す事が出来れば、自分達の名声は一気に上がる。
こんなチャンスは滅多にないだろう。
新崎への恐れもそうだが、今の二人にはそれ以上に高揚する気持ちの方が大きかった。
† † † †
【from】セイ
【本文】今日うちにおいで
昼休み。
図書室で本を読んでいた那智の携帯がメールの着信を告げた。開いてみると、珍しくセイからのメールだった。
セイからの呼び出しには二種類ある。
一つ目は気まぐれ。
この場合は大抵ろくな事にならない。
二つ目は、本当に用事がある。
この場合、重要な内容である事が多い。
どちらかというと前者の呼び出しが多い為、できるだけセイからの呼び出しには応じたくない那智だったが、3回1度の割合で本当に重要な情報を流してくれる事もあって、絶対に無視は出来ないのが辛いところ。
読む気が失せた本をパタンと音を立てて閉じ、改めて携帯を左手に持ち直し了解の返信をしようと本文を打ちかけて、すぐにその指を止めた。
…セイさんの“うち”って何処の事だ?
隠れ家の存在はいくつか知っているものの、そのどれもがセイさんの言う“うち”には当て嵌まらない気がする。
少し躊躇った後、
【to】セイ
【本文】“うち”って何処の事ですか?
それだけ打って送信した。
その数秒後、また鳴るメール着信音。あまりに早すぎるレスポンスに、少しだけギョッとする。
【from】セイ
【本文】○区▲丁目3-4
今度は住所が送られてきた。
どう見ても知っている見覚えのあるその住所に一気に疲れを感じた那智は、座っている椅子の背もたれに思いっきり寄り掛かり、一見ふんぞり返って座っているようにも見えるだらしがない体勢で携帯を操作した。
【to】セイ
【本文】それって蘭さんのマンションの住所じゃないですか…。まるで自分の家のように言うのはやめて下さい。…とにかく、わかりました。
了承の返事さえすればもうセイからの返信が来ない事をわかっている那智は、送信が完了したと同時に携帯を机の上に置き、ついでに溜息も吐き出した。
…なんとなく蘭さんが苦労性に思えてきた…。
可愛がってもらってはいるものの、あの二人が一体どういう繋がりで普段何をしているのかまではよく知らない。
気になって自分なりに調べてはいるけれど、セイは凄腕の情報屋だとか、蘭は裏高楼街の初代カリスマだとか、誰もが知っている当たりさわりのない情報しか得られない。
こちらの事はほぼ筒抜けであろう事を思えば、なんとなく割に合わない気がする。
…でも。
「…あの人達と同等に扱ってもらいたいと思う事自体が、…身の程知らず、なのかもな…」
あの二人と比べると、年齢を抜きにしても自分はまだまだだと思う。
目の前に最高の目標となる人がいる事は、成長を望む者にとっては最高に運がいい。
だが、その目標があまりに高すぎた場合、それは運がいいを通り越して苦悩へと変わる。
「………悔しいな」
そう呟いた那智の顔には、情けなさの中にも僅かな楽しさの色が浮かんでいた。
放課後。
現在、那智の目の前には、明らかに錯覚だとはわかっていても、暗雲が立ち込めているようにしか思えない高層マンションがそびえ建っている。
“セイのうち”扱いをされている蘭の住むマンションだ。
意味のわからない呼び出しではありませんように…。
どの神様にかはわからないが、とりあえず何処かの神様に祈りながらエントランスに足を踏み入れた。
強固なセキュリティーを持つ閉ざされた自働ドアの前で、蘭の部屋番号をナンバーボードに入力すると、少し経ってから静かな電動音を立ててスーッと扉が左右に開いた。
ドア上部に取り付けられているカメラを通し、今の様子が蘭の部屋のモニターに映し出されているはずだ。
いったいセイがどんな顔をして眺めているのか…、別に何か怪しい事をしているわけではないけれど、こちらからは見えない相手に見られている不快感は否定できない。
ともすれば重くなりそうな足を動かしてマンションの内部に入り込み、エレベーターで最上階を目指した。
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