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運命の輪~prologue~
神・宗司、中学2年。那智、中学1年、の時のお話
*――――――――――――――――――――*
「おい、神」
「………」
小等部から高等部まであるインターナショナルスクール。
その中等部に在籍しているクラスメイトであり、裏高楼街を共に歩く仲間でもある宗司の呼び掛けに、神はチラリと視線を向けた。
なんだ?
瞳だけでそう問いかける。
相変わらず言葉足らずな相棒に宗司も慣れたものだ。駅に向かって歩きながら、気にせず話を進める。
「最近ちょっと噂になってる子がいるんだけど知ってるか?」
「どうでもいい」
興味も素っ気も無い端的な神の返答に、話はそこでスパッと終わってしまった。
さすがの宗司も苦笑するしかない。
学校帰り。そのまま高楼街の東区にある歓楽街に向かおうとしている二人は、まだ中2だ。
だが、醸し出される雰囲気に子供らしさはない。
それどころか神に至っては、研ぎ澄まされた妙な迫力まである。
2人共に系統は違うが端正な顔。
擦れ違う女の子達、果てはお姉様まで秋波を送ってくる始末。
ただし、二人ともそんな秋波には慣れているのか、全く以て気にもしていない。
「一個下の奴なんだけどさ。優等生っぽいのに、なんていうか…変に落ち着いてるんだよなぁ」
「………」
脳裏に思い描くように視線を宙に飛ばしながら呟く宗司に、神はチラリと横目で流し見ただけ。
どこで噂になっていようがなんだろうが、優等生っぽいと言うのなら、尚更自分には関係ないだろう。
この夜の裏高楼街で、すでに1年程前から名が知られ始めている神。
今となっては、自分の腕にそれなりの自信がある奴以外は近づいて来なくなった。
それに多少の噂だけなら、いろんな奴が話題に上がっている。
地下鉄の駅に降りる階段、その入口に辿り着いた所で神は足を止めた。
「…なんでお前はそいつが気になってんだ」
突然立ち止まった神の口から出た言葉に、宗司は一瞬意味が掴めず「へ?」と間の抜けた顔を晒した。
神は、本当にどうでもよければ1ミリ足りとて気にも留めない。
だからこそ、さっきのどうでも良さげな返事を聞いて、これでこの話題は闇に消えたな…と諦めていただけに、宗司の思考回路が置いてきぼりをくらった。
それでも、神が興味を持ってくれた事が嬉しくて、階段へ降りる手すりに寄りかかりながら顔をニヤニヤと緩める。
「これを機に、是非神にも興味を持ってもらいたい子なんだよなぁ。俺もちらっとしか見た事ないけど、なかなかの美人さんでさ。チャラい男に絡まれてたから助けてやろうかと思ってたのに、一瞬で沈めちゃったんだよ。あんな小綺麗な顔して中身は相当だわ、あの子」
一瞬で沈めた。その部分に神の眉尻がピクリと小さく跳ね上がった。
「それは本当に優等生なのか?」
神の訝しむ表情に、耐えきれず宗司は「ブハっ」っと噴き出した。
もっともな意見だ。本当の優等生はそんな事はしない。
…でも…。
「素行が悪いからって頭が悪い奴ばかりじゃない。喧嘩が強いからって優等生じゃないわけじゃない。そもそもお前だって頭いいだろうが。うちの学校で学年トップってかなりのもんだぜ?神」
「………」
宗司のニヤけた顔を不機嫌そうな目で睨んだ神だが、当の本人は気にもせず笑っている。
お前だって同じようなものだろ。
そう言いたげな神の眼差しに、宗司が気が付く事はなかった。
それから地下鉄に乗り、いつもと同じく高楼街東地区の繁華街に足を踏み入れた二人。
駅からの階段を上って地上に出た時、少し先の方に人だかりが出来ている事に気が付いて足を止めた。
「な~んか不穏な気配だよ。どうする?神」
「わざわざ首を突っ込む必要はない」
「それもそうだな」
淡々とした口調の神に手をヒラリと振って同意を示した宗司は、既に歩き出している相手の後を追って自分も歩き出した。
徐々に近づく件の人だかり。
ある程度近づいたところで、物見遊山気分の宗司は歩きながら僅かに背伸びをしてその中心を覗き込んだ。
「あ」
途端に立ち止まる。
それも、神のシャツの裾を掴んで立ち止まってしまったものだから、必然的に神も立ち止まるはめになった。
これぐらいの事で怒る神ではないが、さすがに宗司を見る眼差しには疑問の色が浮かんでいた。
「どうした」
「いや…うん…」
なんとも煮え切らない返事。
埒が明かないと思った神は、宗司と同じく人だかりの中心に目を向けた。
中2といえども、二人とも既に170㎝は越えている長身。
少し背伸びをすれば、中心の状況はなんなく視界におさめる事ができる。
そんな二人の目に映ったのは、20歳前後の青年3人と、それに対峙する形で立っている1人の少年だった。
派手でもなければ、怒鳴り散らしているわけでもない。ただ静かに立っているだけの少年に、何故か神の目が吸い寄せられた。
…いや、違う。この状況でなんの反応もなく、ただそこにいる、それこそが異常な事。
少年の周囲だけ、ぽっかりと静謐な空気が漂っている。
神は、目には見えないそんなものを感じ取った。
「…宗司。あいつは誰だ」
少年をヒタと見据えたまま問うた神に、宗司は若干興奮気味に声を発する。
「あの子だよ、さっき俺が言った噂の子!」
「………」
少年を見つめる神の眼差しが、僅かに鋭くなった。
これは、…こいつは絶対に上がってくる…。
そんな確信と共に。
そして数秒後。
神はその人だかりを顧みる事なく歩き出した。
もうここに用はないとばかりの足取りで去る姿に気付いた宗司が、慌てた様子で追いかける。
「ちょっと神!俺、あの子助けたいんだけど」
「助けなくていい。こんな事で潰れるような奴に用はない」
「ぇえ?!」
その時、後ろから追いかけていた宗司には見えなかったが、神の口元にはそれとは気付けないほどの微かな笑みが浮かんでいた。
そしてそれからすぐ。
少年が那智という名前で、ここ最近、度々裏高楼街に出没しているらしい事を耳にした神。
とても頭が良く、物事に動じない度胸の良さを持っていると密かに評判になっていると知った。
そこから一ヶ月後。
神と那智は正式に出会う事となる。
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