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運命の輪~a fateful encounter with himⅡ~
那智:中1 京平:小6
*―――――――――*
「………」
「………」
…なんでこんな所にいるんだろう。
夜9時。
高楼街を一人で歩いていた那智は、裏路地で壁に凭れかかり座り込んでいる少年を見つけてしまった。
慣れているとはいえ、中学一年の自分が堂々と夜の高楼街を歩くわけにもいかず、あまり目立たぬように路地裏へ入ってすぐの出来事。
暗がりの中、俯いているその少年の顔は見えず、年齢も定かではない。
…と思ったけれど、目を瞬かせれば、少年が着ている服がどこかの制服だという事がわかった。
確かこの制服は、聖嘩 学院大付属小学校のものだ。
あんなセレブ学校の生徒が何故こんなところに…。
那智の目が細められ、疑惑を露わにする。
聖学の制服で夜の高楼街をウロつくなど、いい金づるにしてくれと言っているようなもの。
世間知らずの温室育ちなのか、それとも腕に自信があるのか。
5メートル程離れた場所からそんな事を考えて見つめていると、それまでピクリとも動かなかった少年が突然身動ぎし、ゆっくりと顔を上げた。
そして冒頭の沈黙に至る。
何も映していない瞳はどこか寒々しく、視線は合っているものの、本当の意味で那智を見てはいない事がわかった。
小学生が何故こんな虚無の瞳を持っているのか。そして何故こんな所で座り込んでいるのか。
いつもなら、見知らぬ他人なんて放っておく。
下手に関わって火の粉を被るとその後が面倒くさいからだ。
でも那智は、少年に向かって足を進めた。
自分でも理由はわからない。
ただ、放っておけない何かを感じた。
少年の目の前に立って見下ろすと、地面に投げ出されていた拳に何か黒い汚れが付いている事に気がついて、静かに膝を折ってしゃがみ込んだ。
那智の動きに合わせて下がる少年の視線。
敢えてそれに気付かないふりをした那智は、拳についていた黒い汚れが実は真っ赤な血だとわかって僅かに目を眇めた。
暗くてわかりづらいが、少年自身は特に怪我はしていないように見える。という事は、この血は他人のものか。
「…この血、何があった?」
声変わり途中特有の掠れた声で那智が問うと、そこで少年は初めて焦点を合わせた。
今度こそ本当に那智と視線が合う。
「………知らない」
呟かれた声に感情は無く、問われたから反射的に答えたといった、まるで人形のような反応。
ただ、よくよく見てみれば、ガラス玉のような瞳に濁りはなく、それどころか純粋に透き通っていた。
瞳に吸い込まれそうになった那智は、一度目を伏せてその引力を断ち切ると、またまっすぐに少年の目を見つめた。
「怪我は?」
聞いても、自分でもよくわからないのか微かに首を傾げている。
この様子だと、もし怪我をしていても自覚は無さそうだ。
どうしようかな。
僅かに逡巡した那智。
その時、それまで瞳と唇と首しか動かさなかった少年の手が、不意に持ちあがった。
あまりにゆっくりした動きは那智に警戒を与えず、ただそれを見守る。
手はゆっくりと近づき、まるで壊れ物に触れるようにそっと那智の頬に当てられた。
いつからここにいたのか知らないけれど、その手はとても冷たい。
とりあえず好きにさせようと、手を払いのける事もせず大人しくしていた那智の耳に、さっきよりも更に小さな呟きが聞えた。
「………温かい…」
言葉と同時に、僅かに、本当に極々僅かに緩んだ少年の表情は、笑っているようにも悲しんでいるようにも見えて…。
那智は思わずその手をグッと掴んだ。
「名前は?」
「…京平」
「京平か。俺は那智」
「…那智…」
「一緒に来るか?」
「………」
声には出さなかったものの、少年は一瞬の間もおかずコクリと頷いた。
それを見た那智は、自分が立ち上がるのと同時に少年の手を引き上げる。
立ってみれば、二人とも身長はほとんど変わらなかった。
いや、指の第一関節分ほど京平の方が高かったかもしれないが、そんな僅かな差は無いのと同じ。
那智が歩き出すと、手を引かれたままの京平は意外なほどしっかりした足取りで着いてきた。
…神や宗司さんはなんて言うかな…。
数ヶ月前に出会ってから、いつの間にか一緒にいるようになった人達。
彼らは今夜もtrinityにいるだろう。
京平を見てどういう反応をするのか想像した那智は、口元に薄らと笑みを浮かべた。
人形のように無機質な反応しか返さなかった京平が、人の心が通った生きた人間のそれへと変化を遂げたのは、ここから約4ヶ月ほど後の事。
そして気付けば、インプリンティング効果と呼ばれる現象を体現するかのように、那智の傍から離れたがらない京平がいた。
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