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運命の輪~The man of the legend~
夜22時。
那智は、この数ヶ月で通学路よりも馴染みが深くなってしまった道を一人歩いていた。
行き先はtrinity。
中学一年生の出歩く時間ではないし行く場所でもない。
だが、その那智の行動を止める者はいない。
両親共に忙しく、出張や短期赴任ばかり。
那智が年齢以上の中身を持っていると知っているだけに、他人よりも誰よりも両親が一番那智を放任している。
ただそれは愛情が無いわけではなく、那智の顔を見れば2人して抱きついてくるありさま。
どちらが大人なのかわからない。
そんな事を思い浮かべては、苦笑と共に溜息を洩らす。
2月という事もあり夜はまだじゅうぶんに冬の様相を呈していて、吐きだした息はフワリと白さを帯びる。
裏高楼街には補導員もいないとあって、那智の年齢でも隠れることなく普通に道を闊歩出来るが、逆に、補導する権限を持つ人間がいない事によって、それ以上の悲惨な目に合う事もある。
くだらないイザコザには関わりたくない。
そう思いながらも繁華街のど真ん中を堂々と歩く那智に、この日最初の狩人が声をかけてきた。
「ここはお子ちゃまが来るような場所じゃねぇんだよ」
「財布渡して大人しくお家に帰りな」
20歳前後くらいに見えるチャラ男が2人。
いくら那智が大人びているとはいえ、しょせん13歳の外見だ。彼らもまさか、喧嘩も頭脳も自分達より上だとは思いもしないだろう。
那智にしてみれば、いくら年上だといっても、こうやって口先だけで脅す輩よりは自分の方が強いとわかっている。
ただ、どれほど最悪な人間だとしても、こういう一般人に拳を奮うつもりはない。
けれど、相手にそんな事がわかるはずもなく、ましてやそんな考えなどわかるはずもない。
「オラ、金出せって言ってんだ、早くしろよ」
淡々と2人を見据える那智の無表情さに恐れを感じたのか、焦燥を見せる男が手を出して襟元を掴んできた。
怯えもしなければ苛立つ姿も見せない那智の静かな様子に、気圧されたよう。
殴られるのは趣味じゃないし、怪我なんてしたら神を抑えるのが大変。
かといって財布を出す程お人好しでもない。
さぁ、どうしようか。
無表情の裏側でそんな事を考えていた時。
「ウサギの皮を被った虎に群がる猫が2匹」
どこか面白がるようなそんな声が耳に入ってきた。
那智と2人の視線が一斉に向けられた先、ビルの壁に寄り掛かって立っている金髪の男が一人。
長身に細身ではあるが、しっかりと鍛えられた無駄のない肉体の持ち主だという事はすぐにわかった。
醸し出される空気が尋常ではないほど濃い。離れていてもその熱を感じ取れる程。
…これは…、この人は普通じゃない。
那智は、現在進行形で自分の襟首を掴んでいる目の前の男よりも、離れた場所にいるその男に警戒を募らせた。
目の前にいる男など、彼に比べたら赤子同然。
そんな那智の警戒心に気付いたのか、金髪の男はフッと軽く笑い、壁から身を起こした。
「猫をいたぶるのは趣味じゃないって?」
「………」
那智に絡んでいた2人は、近づいてくる男に気圧されたのか、襟首から手を離して数歩後退った。
たぶん、そんな自分達の行動にも気付いていないだろう様子。目には明らかな怯えの色。
どうやら、危険な雰囲気を読みとれるくらいの鋭さは持ち合わせていたらしい。
だが、既に那智と男の視界には、2人の存在はなくなっていた。
那智の目の前に立った男は、近くで見るとその獰猛で男前な容貌が際立っている。殺気はない。それどころか穏やかとさえいえる表情。
ただし、この穏やかさも何かがあれば一秒で消え失せる事がわかる。
そんな男を真正面から無言で見上げる那智に、なにやら苦笑めいたものが向けられた。
「何か言えよ」
「…………」
それでも何も言わない那智に、さすがの男も溜息を吐いて髪をかき上げた。
そして気付けば、先ほどの2人はまるで最初からいなかったかのようにその場から姿を消していた。
あの2人に絡まれなければ、この男に話しかけられる事もなかっただろう。
そう思うと、絡まれて良かったのか悪かったのか…。
ただ一つ言えるのは、この男との出会いは必然だという事。
間違いなくこの裏高楼街のキーパーソンの一人だ。
金髪の年上、尚且つ、ついぞ最近では見た事のないような強い気配をまとっている。
那智の情報の中に、ただ一人当てはまる人物がいた。
「貴方ほどの人が俺になんの用ですか?」
「俺ほどのって、俺が誰かわかってるのか?」
那智を見下ろす顔には、面白いとでも言いたげなものが浮かんでいる。そして、ほんの僅かな期待。
「逆に聞きたい。貴方は、俺の事を知っていて声をかけたんですか?…蘭さん」
金髪の男、蘭の名を呼んだ瞬間、その本人はクッと喉奥から笑いをこぼした。
「知らないどうでもいい奴に自ら声をかける程、俺は酔狂じゃねぇよ、那智」
「………」
何故こんな人物に己の名まで知られているのか…。那智は小さく溜息を吐いた。
蘭。それは、この裏高楼街に存在する者なら誰もが知っている名前。
裏高楼街を完全に派閥の管理下に置き、秩序を取り戻させた伝説の男。アンダーグラウンドのカリスマ。
そんな人物に知られる程の事を、まだした覚えはない。
それに、物凄く嬉しそうなのは何故。
那智が怪訝な顔をしたのがわかったのだろう、蘭は軽く種明かしをした。
「直接会った事もなければ俺の画像も一切出回ってない中で、一発で正体を当てられたのは初めてだ。さすが神のお気に入りってところか」
…あぁ、そういう事か…。それなら納得出来る。
神は裏高楼街ではかなりの知名度を上げている。蘭ほどではないが、神の名を知らぬ者は少ない。
そんな2人が知り合いだったとしても、おかしくはない。
そして、目を掛けている神が手元に置いている人間を見に来た…という事か。
何も言わずに見つめるだけの那智に、蘭は肩を竦めた。
「何か言いたげだな」
「……予想よりも格好良かったので驚いただけです」
淡々とそう述べると、蘭は一瞬目を見開いた後、腹を抱えて爆笑した。
一生の繋がりを持てる程の出会いが、ここに1つ。
これが那智と蘭の最初の出会い。
そしてこれから先、2人の関係は密度を増す事になる。
一ヶ月半後。蘭の提言を元に、Blue Roseが発足する事となる。
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