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その4:好みの味付けを見つけましょう
家政婦として働き始めて1日目。はじめは、1人でキッチンに入ることは禁止された。その日の朝食で、何人も倒れ、腹痛を訴え、トイレへの道が大渋滞したのだ。
その光景を目の当たりにして、はじめはやっと自分が壊滅的に料理がダメだと気づけたのだ。
これ以上被害者を出さないためにも、1人でキッチンに入ることを禁ずる。これは、苑の苦渋の決断でもあった。
はじめの手料理が食べたい。しかし、食べたら気絶するか、下手したら死んでしまうかもしれない。
やっと、はじめと1つ屋根の下で暮らすことになったのだ。恋人の手料理を食べたいというのは、普通の欲求でもある。
ということで。
「料理教室を開こうと思うんだ」
「…………組長さんが、俺に教えてくれると」
「そう。頑張るから、はじめくんも頑張ろうね」
じゃあ、まずは卵焼きから。そう言った苑が、冷蔵庫から卵を取り出す。そして、ボウルに片手でキレイに卵を割り入れた。そして慣れた手つきで軽く混ぜ、そして砂糖を大量に入れる。
「あの、組長さん?」
「他人行儀だな、はじめくん。苑さん、またはえーくんと呼んでくれてもいいんだよ」
「じゃあ苑さんで。それよりも、砂糖入れすぎじゃないですか?」
そう。はじめが引くぐらい、苑は砂糖を大量に入れていた。
「いや、卵焼きは甘めの方が好きでね。いつもはこんなに入れすぎないんだけど、ちょっと緊張してるのかな、」
確かに、苑のボウルを持つ手や菜箸を持っている手は微かに震えていた。ヤクザなのに、組長なのに。怖い人のはずなのに。
苑は、はじめのストーカーだしどこか少しずれている。でも、はじめに対して一途なのは十分理解できていた。
しかも、卵焼きは甘めが好きと少し可愛らしい部分もある。
「あー、これじゃ料理教室にならないね。よし、もう一度卵を、」
「もったいないんで、それで作りましょう。せっかく苑さんが作ろうとしてくれるんですから、俺が責任もって食べます」
こんな平凡に緊張している苑が可愛く思えて、はじめは自然と笑っていた。
しかし、砂糖のお陰で焦げた卵焼きを目の当たりにして、自分の言った言葉を後悔するはじめであった。
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