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その11:全力を出しましょう
「はじめくんが足りない」
とある日の朝。目の下に隈を蓄えた苑が、ごはんにふりかけと間違えてコショウをかけながら呟いた。
何を言っているんだこの人は、そして何コショウをごはんにかけているんだと思いながらはじめは自分の朝食を食べていた。
苑が隈を作っている理由は単純で。ただ、表の方でやっている仕事が軌道に乗りすぎて忙しいだけなのだ。
このご時世、ヤクザだけではやっていけないらしい。稗田組は、クリーンな組らしい。薬とか、そんなのは全然やらない。
だからこそ、何年か前に会社を立ち上げたのだ。それがまた軌道に乗りすぎてしまったのだ。
忙しすぎて、最近はよく会社に寝泊まりしているらしく。こうして顔を合わせるのも、実に1週間ぶりだった。
「はじめくん、だきしめて、ぎゅっとして」
「嫌です。そもそもあんた、俺の写真大量に持っていってるんですから、寂しくないでしょ」
「さみしぃよ。だって、はじめくんの香りをクンカクンカ出来ないんだよ。やだ」
本当に辛そうだし、少し真剣に話を聞いてあげようと思ったらこれだ。やっぱり苑は変態だったと実感するだけだった。
だが、はじめもほんの少しだけ寂しかったのだ。いつもいたはずの人と1週間も会えなかったのだ。
「ったく。クンカクンカはさせられませんけど」
いまだにイジイジしている苑を見て、はじめはある決心をする。苑を元気つける為にと事前に清嗣に教わったことをする。例えそれが、自分にとって見られたくない行為でもだ。
覚悟を決めて、苑の肩をチョンチョンと指で叩く。
のそっと、苑がはじめを見た瞬間。
「頑張って、ダーリン」
全力のぶりッ子で、苑に言う。もちろん可愛らしいポーズを決めてだ。
こうすれば、苑は元気になると清嗣は言っていたが。
「ここまで元気にならなくてもいいと思う」
鼻血を出しながら泣いている苑を見て、はじめは少しだけひいた。
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