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その18:手を伸ばしましょう
周りに人がいる中で、絡めた小指にキスをする苑。一気にはじめは顔を赤くして、そのまま苑の手を引いて走った。早くここから逃げたかった。
周りは知らない人だらけとはいえ、しばらくは恥ずかしくてここには来られないということだけ、はじめは理解する。
「もうっ!何てことするんですか!?」
「え?ただ、おまじないのキスをしただけでしょう。俺達は恋人同士。何も恥ずかしがることはないよ」
「まだ俺は恋人と認めてませんから!」
はじめの言葉を聞いて、苑は本当に面白そうにケタケタと笑った。笑い事じゃないと思いつつも、これ以上騒ぎを起こしたくないので黙っておく。
しばらくそのまま走り続けて、人通りもさっきよりか少なくなったところで止まる。一気に走ったせいか、息を切らせているはじめ。苑は鍛えているお陰か、全然息切れなどしていなかった。
「…………何でそんなピンピンしてるんですか、」
「ん?まぁ俺は昔から身体は鍛えているからね。いつ、何が起きてもいいように」
「あ、」
「まぁ、昔ほど今はドンパチしてないから心配しないで」
はじめが一瞬表情を曇らせたのを苑は見逃さず、心配ないよと言うように頭を優しく撫でた。苑に心配されたことよりも、自分の隠そうとした想いがバレた気がして。恥ずかしくなったはじめは、プイッと苑から顔をそらした。
しかし、真っ赤な耳を苑に晒すことになっているのをはじめは気づいていない。
「さてはじめくん。まだまだデートは始まったばかり。これからどうする?」
「どうするって、知りませんよ」
「行きたい場所とかない?買い物行きたいとか」
苑にそう聞かれるが、元々物欲がないはじめは考え込んだ。行きたい場所は別にないし、買いたいものもない。自分が買うより前に、苑が買い与えるのだ。最近は、お小遣い制にした為減ったが。それでも、お小遣い制になる前にプレゼントされたものがけっこうあるのだ。
行きたい場所もないし、欲しいものもないし。でもここで何か言わなければ、苑に変な場所に連れていかれそうな気がする。
はじめが、必死になって考えていた時だ。
走っている途中で握っていた苑の手が、スルリと抜ける感覚がした。
どうしたんだろうと、はじめはそっと顔を上げた。きっと苑は自分を見ている。そう思っていたが、苑が見ているのは遠くの方だった。
怒りのような、悲しみのような、喜びのような。そんなよく分からない表情を苑は浮かべている。
「苑さ、」
名前を呼んで、もう1度苑の手を握ろうと手を伸ばした。しかし伸ばした手が届くよりも先に、苑が走り出した。
「静夏 さんッ!!」
苑は、はじめの存在など忘れたように走り去っていく。それが悲しくて、苦しくて、辛くて。はじめは、伸ばした手を握りしめて下唇を噛み締めた。
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