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インテリヤクザと甘い代償②

「労災の申請書、今週中には出しとけよ」  いまだに通称『マル暴』と呼ばれている組織犯罪対策課は、時計の針が深夜を指し示していても、フロアに人が残っている。 「あぁ、はい。わかりました」  先輩の声に顔をあげた大輔は、すぐにパソコンの画面へ目を戻した。デスクワークは一番の苦手だ。なのに、それが山積みになっている。  すべてはインテリヤクザのせいだ。  田辺との一件の後、ヤクザ同士のいざこざに巻き込まれ、足腰の弱っていた大輔はまたしても階段落ちした。挙句、病院へ担ぎ込まれたのだ。  腰と背中はそのときの負傷ではない。無理な姿勢で激しく突き上げられたことが原因だ。でも、そんなことは先輩相手でも言えない。  それがわかっていて、田辺はわざと救急車を呼んだのだろうか。インテリを称する自分は部外者だと言いたげに、同じヤクザのケンカを遠巻きに見ていた。所属が違うのだから当然だが、大輔には冷たいように思えた。 「そういや、三宅」 「はい?」  呼ばれて、もう一度顔をあげる。 「おまえ、大滝組の情報を引っ張れたよな」 「え、あぁ」  思い出したくもない相手の顔が脳裏に浮かんで、大輔は言葉を濁した。  垂れ目がちな目尻に反してつり上がった眉をひそめる。 「たいしたことは聞けませんよ」 「大滝組が抗争をやらかすんじゃないかって噂が出てんだよ。裏取れないか」 「裏、ですかぁ」  一応、そう答えてみたものの、心の中では絶対にムリだと毒づいた。  何が悲しくて、自分をあんなにも玩具にしてもてあそんだ相手に、頭をさげなきゃならないのか。  教える代わりに、また掘らせろなんて言われたら、大輔は立ち直れそうにない。 「ムリじゃないですかね。だいたい、俺は今んとこ内勤ですし」 「あははー。おまえはバカか」  五十絡みのコワモテがガハハと笑った後で、真顔になった。子供が見たら恐ろしさで泣くかもしれない。  マル暴の刑事の眼光の鋭さと、顔つきの悪さは異常だ。どっちがホンモノのヤクザだかわからない人間ばかりが揃っている。大輔はその中に紛れたチンピラだ。 「今日中に紙仕事のカタつけて、明日には行ってこい」 「そんな、せっぱつまってんですか」 「先月の民家への発砲事件、報復らしい」 「はぁ」  思わずため息が漏れる。 「気の抜けた声、出してんなよ」 「ムリですよ」 「気分はわからないでもないけどな。ま、おまえだけに期待してるわけじゃないから」 「やれるだけ、やってみます」  やるしかない。  どんな小さなネタでも、他の誰かが拾ってきたネタと総合すれば、価値が出てくることもある。 「メソメソしてると思われるのもシャクだしな」  先輩刑事が去った後で、大輔は大きな独り言を口にした。  どんな顔で会えばいい、なんて、女みたいなことは考えても無駄だ。  会うときはヤクザと刑事。  ただそれだけだ。  何かの間違いで掘られたからって、犬に噛まれたと思えばいいだけじゃないか。  ありがたいことに、こっちはクスリと違って、癖にはなりそうもない。

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