4 / 6
インテリヤクザと甘い代償④
抗争はない。そんなおおげさなことはうちだってやらないだろ。バカじゃないんだから」
「確かなんだろうな」
「今まで嘘を売ったことはないけど?」
「わかった。なら、いい。気を悪くするなよ」
大輔は言いながら立ち上がった。
ポケットから折りたたんだ札を出して、ベッドへ投げ置く。
「部屋代の足しにしてくれ」
「安いねぇ、三宅さん」
にやけた声をかけられて、足早に部屋を出ようとしていた大輔は振り返りそうになった。ドアノブに手を置いて動きを止める。その瞬間を田辺は見逃さない。
安いのは、大輔が想像したこのホテルの部屋代か。それとも、情報料のことか。
「抗争は、ない」
田辺の声が近づいてくる。
「どういうことだ」
撒き餌だと、振り返ったと同時に気がついた。
「抗争があるかないかを聞くだけでいいわけ? あんたのバックバージン、本当に安いんだな」
ビールを持ったまま、田辺はまっすぐに歩いてきた。狭い部屋だ。すぐに大輔は追い詰められた。
「安いわりには、具合のいい穴だったけど」
部屋を出るタイミングはすでに逸していた。
いまさら、持って帰る情報がそれだけでいいとは答えられない。
「何があるんだ、他に」
大輔は近づいてくる田辺を見据えた。
「俺がこわいわけじゃないんだろ」
ドアノブを握ったままの手を、わざとらしく覗き込まれる。
「ふざけるな、田辺」
「ふざけなかったことはないよ。あんたと俺の関係に、そんなビジネスライクなものが、あるとでも思ってたわけだ」
田辺が声をひそめた。
「かわいいんだな」
耳元でささやかれて、大輔は激昂した。思わず振り下ろした拳が払われる。田辺は遠慮なく間合いを詰めてきた。
飲み干したビールの缶が、軽い音を立てて転がり落ちる。
「正直、女には不自由してないんだ。でも飽きた」
「だから、なんだ。近いんだよ」
ドアノブを掴んだまま、田辺によけられた拳で胸を押し返す。
「カネもいらない」
「おまえと取引するつもりはない。今後、一切だ!」
大輔は間髪入れずに叫んだ。
田辺の発するアルコールの匂いが鼻をつく。ドアノブを回そうとした手を掴まれた。
「気持ちよかっただろ?」
「はぁッ? 気持ちいいわけないだろ。あんなデカいもんを突っ込んどいて。だいたい、おまえは出してよかっただろうけど、俺は萎えてたっつーの!」
「だっけ?」
田辺は上機嫌に笑いながら片足を進め、大輔の両足の間へ押し込む。
「何してんだ」
大輔は思いきり気色ばんだ。ぎりぎりと睨みつけたが、相手はどこ吹く風と言わんばかりに笑う。
「悪いようにはしないよ」
「もうすでに悪い状況だろ」
「情報は、欲しいんだろ?」
「……」
黙ったことが肯定になった。
欲しいに決まっている。喉から手が出るほど、欲しい。
田辺が持っているモノなら、役に立つに決まっている。今までだって、どストライクな情報ばかりをもらってきた。
「まさかと思うけど、おまえ」
おそるおそる顔を覗き込む。
「いやいや、それはない」
伊達眼鏡の奥で、形のいい目が細くなる。
「男が好きなわけじゃないよ。ただ、威勢がいいのは好きなんだ」
「……もしもガセを掴ませたら、わかってるだろうな」
「どうする?」
「おまえの子飼いを片っ端からしょっ引いてやる」
「ははっ、それは困るな。金が集まらなくなる」
田辺の手が、大輔のスーツのボタンをはずす。
「じょ、条件がある」
「条件……」
手を止めた田辺が、小首を傾げた。
「いいよ。でも、こっちにもあるよ」
「なんで、おまえが言うんだよ」
「それで対等だろ。あんたは抱かせる。俺は情報を渡す。あんたは条件を出す。俺も出す。で、いくつ条件があるわけ」
「あぁー。もういい。なんでもいい」
あきらめた大輔は、ドアノブから手を離した。
「痛いのは嫌いだ。だから、無理やり突っ込むな」
「そういうことね。いいよ。優しくする」
「気持ち悪い言い方すんな!」
「どういう言い方しろって言うんだよ。他には」
「気持ちよくさせろ」
「態度でかいな……。前もよかっただろ」
「ぜんっぜん」
「っていっても、初心者が『ところてん』するのは……」
「んなこと、誰も言ってないだろ!? 頼んでねぇよ!」
「じゃあ、舐めていかせてやるよ。他は」
「ない。好きにしろ。あっ!」
「何?」
「スカトロもなし」
「するかっ!」
田辺はげらげら笑い、両手を腰に当てた。
「どんな変態だと思ってんだよ。じゃあ、俺の方の条件も三つ出す」
「二つだろ」
「スカトロ入れたら、三つだ」
「……あぁ、そっか。いいよ。どうぞ。ってか、俺もビール飲むぞ」
田辺を押しのけて、冷蔵庫へ近づいた。
ビールを取り出して一気に飲み干し、ジャケットを脱いでベッドへ投げた。背中に向かって田辺が言う。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!