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第2話

 殺し屋なんて稼業を営んでいるが、そう毎日ひっきりなしに殺しの依頼がくるわけでもない。  そういう時に遊んでいると、あっという間に貯金が底をつく。  だから、商売仲間のサポートに入ったり、探り屋の情報収集や裏付け調査の助手をしたり、運び屋の真似事をしたり、誰かの護衛に就いたりする。  ありがたいことに、こういった商売をしていると、大なり小なりどこからともなく依頼が舞いこんでくるから、食うには困らない。  ウラナケは手先が器用で、獣人が苦手とする分野の助っ人として重宝される。  暴力沙汰や頭数が必要な時、知恵者が求められている時は、見た目に威圧感のあるうえに賢いアガヒが呼ばれる。  アガヒとウラナケの両方がいつも必ず同時に必要とは限らないから、それぞれ、個別で仕事を請け負うこともある。  仕事関連のことで、「ウラナケ、その仕事は受けるな」とか「アガヒ、それやめといたほうがいいんじゃね?」とかは、どちらもあまり言わない。  それぞれが淡々と仕事を引き受け、「俺、来週からこういう仕事で留守にするから」とか、「先日の依頼が正式に決まったから、俺はお前と入れ違いで二日留守にする予定だ」とか、仕事の内容を端的に伝える程度で、あっさりしている。  阿片中毒の男を殺して二週間後。  その日も、アガヒは単独で仕事に出かけていた。  ウラナケは終日オフだ。  自分一人だし昼メシは手抜きでいいか……と、チャイナタウンの中華料理屋で腹ごしらえをして、ついでに夕飯の買い出しをした。  豚の角煮とエビチリ、空芯菜の炒め物、ほかに何品かをデリで仕入れた。  自分で作ってもいいが、チャイナタウンにはアガヒのお気に入りのデリがある。  遅めの昼食を摂っている時に、帰りは夕飯時になるとアガヒから連絡があった。  この仕事、イレギュラーも発生するから、夕飯時の帰宅が翌日の深夜になることもままあるので、あまりアテにはしていない。  それでも、小腹を空かして帰ってくるであろうアガヒの為に、あれやこれやと買いこんでしまった。 「……あ、はるさめ安い。豚肉と青梗菜あったし、一品くらい作るか……」  右腕に紹興酒の瓶を抱えたウラナケは、道を一本逸れて、小さな商店が軒を連ねる界隈へと足を踏み入れた。  この通りに入ると、途端に観光客が減って、地元民が日用品や食品を買いそろえる為の商店が多くなる。 「救命(ジゥミン)!」  甲高い叫び声が、あたり一帯に響いた。   チャイナタウンでは珍しくもない言語だが、その意味は珍しい。  助けて、という意味だ。  ウラナケは、声のした方向へ顔を向ける。  じっとそちらを凝視していると、往来を行き交う大人の太腿あたりから、ぴよっ、と、二本の白い耳が飛び出た。  玉兎だ。  それも、まだ産毛もやわらかな仔兎。  耳と尻尾以外はヒトの形をしているところから察するに、獣人ではなく人外の類だろう。獣人と違って、人外はヒトに化ける種類が多い。  特に、子供の人外は、耳や尻尾といった本性を隠せない者が大半だ。  その仔兎が、雑踏を掻き分け、転びそうになりながらこちらへ駆けてくる。  真冬にしては寒々しい薄手のコートの裾から、安っぽいニットレースのワンピースが蝶々のように舞う。  仔兎が飛ぶように走るたび、ぼんぼりみたいにまんまるな尻尾がぽよぽよ跳ねて、揺れて、ぴょん! 「わっ!」  ウラナケの懐に飛びこんできた。 「エイ、ニン! ジゥミン!(そこの人、助けて!)」 「……なんて言ってんの? ……俺、買い物で使う以外の中国語ムリなんだけど……」 「クァイパォ! クァイ! クァイ!(早く走って! 早く! 早く!)」 「公用語! こーよーごで喋って! 俺、中国語分かんない! お嬢! 公用語!」  中国語で捲し立てられたウラナケは、仔兎を両腕で抱え、仔兎と同じくらいの声量で叫び返す。 「走って!」  賢い仔兎は、すぐに公用語に切り替えて、もっと大きな声で叫んだ。 「……なんで?」 「追われてるから!」  仔兎は、長い耳で自分の背後を指し示す。  長袍を身につけた人相の悪い男たちが、仔兎めがけて走ってくるのが見えた。 「早く! お願い!」 「……いたたた!」  操縦桿のように髪を掴まれたウラナケは、たまらず走り出した。

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