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第4話 再会は突然に。

「トウマ!」  声を掛けられて、一瞬、息が止まる。右隣を歩いていた男が大きく手を振った。息を吐き出す。大丈夫だ、俺じゃない。小さく胸を撫で下ろして、足を進める。急ぎ足で進むと、何処かから、香ばしい良い匂いが漂って来て鼻をくすぐった。腹が減った。昨日からほとんど何にも腹に入れていないのだ。何を食べよう。スマホを取り出して、クーポンアプリを呼び出す。今日はファストフードの気分じゃない。でも、定食屋も嫌だなと思った。何処かちょっとおしゃれなカフェか、レトロな喫茶店に入りたかった。ここにしよう。適当なカフェの割引クーポンをチェックしてから、顔を上げた瞬間だった。ぐいっと腕を取られる。 「やっと! 見つけた!」  響いた何とも言えない甘い声に、ひ、と喉が引き攣った。目を見開く。何の冗談だ、と思った。慌てて声の方を振り向くと、目の前には、信じられない事に、ケイが居た。あの日と違って、ちょっと、フォーマルな装いだったが、間違い無く、ケイだった。相変わらずの、完璧な美人、だった。 「絶対、この辺だと思ったんだ。もう、逃がさない」  あの日と違ってぎらぎらした目に見据えられた瞬間、あ、終わったな、と思った。 「すみません人違いです俺はアンタの知り合いじゃないです知ってたとしても話しません大丈夫ですごめんなさいっ!」  一気に言い切ると、腕を取り返そうとするが、綺麗な白く長い指は、想像以上に力が強くて、微塵も離れなかった。はあはあ、と荒れた息を繰り返していたケイは、一転して、にっこり、と微笑う。その微笑みに、何故か、気圧された。 「とりあえず、誤解を解かないとね。東上学君」  より一層強く腕に食い込んだ指先が、痛かった。それが、まるで、これが現実だ、と訴えているようで、知らずケイの顔に見惚れていた俺の意識をはっきりとさせる。そこで、とんでもない事実に気付いた。 「って、名前!?」 「あー、そっち? うん、まあ、それも含めて、色々言いたい事はあるけど、ここじゃ目立つから、車に行こうか?」  力任せに引っ張られたからと言って、訳も分からないままついて行く程、俺も馬鹿じゃない。必死に腕から指を外そうとするが、一体全体どうした訳か、俺が抵抗する方向がまるで分っているかのように動かれ、どうにもならなかった。引きずられて行った先の大通りのパーキングに停められた車を見て、俺は、もう一度、終わった、と思った。俺ですら分かる超高級車は、見るからに自分で運転する車じゃない。当然のように、壮年の男が一人、困ったように立っていて、俺達に、と言うかケイに気付くと、明らかにほっとして見せた。 「桐生様! 突発的な行動をされては困ります!」 「うん、ごめん。知り合いが見えてね。どうしても掴まえたかったんだ」  男の真っ白い手袋にドン引きする。映画とかドラマとかで見た事あるヤツー、と思い掛けて、いやいやいやいや、と現実に返る。案の定、俺達が近付いた事で、迷い無くその手が後部座席のドアを開け放った。やっぱり、映画とか以下略! これってどう考えてもダメなヤツだ! 俺が必死で両足を踏ん張って無言の抵抗をしていると、唐突に、荷物のように、ひょい、と膝がすくわれる。 「うわっ、ちょ、」 「今日は、予定変更で、とりあえず、家にお願い出来る?」  驚きと衝撃とで声を上げる間も無く、ぽい、と後部座席に押し込まれて、その隣にケイが乗り込んで来た。 「はあ、畏まりました」 「片岡さん、頼りにしているよ」 「!! お任せください。安全運転で、参ります」  深々とお辞儀した壮年の男が、至極丁寧にドアを閉めるのを見て、は、と気付いて反対側のドアに飛び付く。内側のハンドルを掴み掛けた所で、白い長い手に、手を掴まれた。あ、俺の手より、デカい。そう気付いた時には、くるり、と両手を何かで縛られていた。って、おい、ネクタイじゃねえか、コレ!! 「思った以上に、じゃじゃ馬だなあ。でも、駄目だよ、大人しくしておいで。良い子だから」  耳に、直接吹き込むように声を掛けられて、ぞくぞく、と背筋を何かが伝う。止めろよ、と言う為にケイを見上げて、俺は途轍も無く後悔した。綺麗な顔が、完璧な美が、そこには有った。整えられていた髪は乱れて、服もちょっとよれていて、汗も頬を伝い、息も上がっていたけれど、それは、ただ、美しさに加えられたスパイスに過ぎなかった。途端に、力が抜ける。 「あれ、耳、弱いの? 可愛いね……」  ふふ、と楽しそうな声に、ひく、と勝手に身体が震えた。目が潤むのが分かる。頭が、ぼーっとして来た。 「良い子だ。家は、直ぐだから」  そっと、前髪を割って、頭を撫でられる。自分が、ぐずぐずのアメーバにでもなった気分だった。嫌だ、と思うのに、どうしようもなくて。俺は、結局、ネクタイを解かれても、大人しく後部座席で、ただただケイの綺麗な顔に見惚れるしかなかったのだった。

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