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第6話 久々の、そして、初めてのデート

 付き合い始めてから、一週間振りの逢瀬だった。俺はともかく、彼の休みの都合が合わなかったからだった。平日会う事も可能ではあったが、彼に無理はさせたくなかった。結果、一週間、待たされた。  でも、今日は、俺の家に、学君が居る。それも、ベッドの上に、だ。当然、する、つもりだった。即物的と言われても仕方が無いが、俺は、正直、これ以上、待てなかった。 「緊張、している?」  俺の問い掛けに、学君は可哀相な程に飛び上がった。がちがちに固まった身体は、何もかもを拒んでいて、逆に、憐れみを感じさせる。首を上下に動かす動作すら、一昔前のロボットのようにギクシャクしていた。 「そんなに、硬くなられると、ちょっと、困るな」  言いながら、それでも、止めてはやれないけど、と心の中で付け足す。学君は、俺を振り仰ぐと、困ったように唇を歪めた。笑ったつもりだったのだろうか。その不器用さが、愛おしいな、と思う。 「ご、ごめん、俺、ホントに経験、な……少なくて……」  消え入りそうな声でそう言われて、飛び掛かりたくなる気持ちを、ぐっと、堪える。本当に、何て煽るのが上手い子なのか、腹立たしいくらいだった。本人に、その気が無いのが、一番質が悪い。 「学君、それは、逆効果、だよ」  思わず俺の口からは言葉が漏れていた。黙ってなど、いられなかった。 「え、と? 逆効果?」  こてん、といとけなく首を傾げられて、襲い掛かりそうになる自分自身を抑えるのに、最大限の努力が必要になる。視界から学君の姿を遠ざける為に、俺は利き手で目頭を押さえた。 「お、俺、ホントに、分からなくて……」  俺の態度をどう取ったのか、学君の泣きそうな声が耳を打って、必死につなぎ止めていた理性の糸が脆くも切れるのが分かった。勢いに任せ、学君の身体を引き寄せて、そのまま、ベッドの上に縫い付けた。 「わわ、か、要、さんっ!?」 「煽った君が悪い……」  悲鳴を上げる唇を、それ以上、事態を悪くさせない為に、塞いでしまおうと思った。そうだ、それが良い。我ながら妙案だなと思う。キスを、贈ろう。先ずは、触れるだけのキスを。それから、全てを奪うようなキスを。そして、全てを曝け出させる為のキスを。 「ん、んっ、ぁ、ま、……ん、ふっ、」 「黙って……」  俺の肩を弱々しく押して来る手には、手を重ねて。手にも性感帯がある事を、この子は、きっと知らないのだろうな、とぼやける頭の片隅で思った。 「んぅ、あ、……ふっ、や……」 「気持ち、良いだろう?」 「ん、ぅん……気持ち、ぃ……」 「そのまま、感じていて……」  口付けを繰り返しながら、ゆっくりと手を這わせて行く。どちらも、先ずは優しく、時折、強く、淫らに、しかし、何処までも丁寧に。唇を、歯列を、口蓋を、舌を、全てを。手首を、手の平を、手の甲を、指先を、爪の先まで。口の中まで余す所無く。右手を愛撫し終えたら、左手に。左右を散々繰り返した所で、ようやくむずかるように手が押し返される。口を離してやると、戸惑ったような声が上がった。 「……ん、どぅ、して?」 「手も、気持ち良いだろう? それとも、嫌だった?」 「き、気持ちい、けど……」  言い淀む唇を、もう一度吸って遣る。繰り返された愛撫でぽってりと腫れた唇は、次の刺激を今か今かと待ち望んでいて、俺も、続きをしたくなったが、ここは、我慢だ。微笑い掛け、ゆるりと手首まで指先を滑らせる。びくん、と震えた身体は、しかし、直ぐに期待をするように追い掛けて来た。良い傾向だ。 「……要さん、実は、意地悪?」  潤んだ目に見上げられて、溜め息しか出ない。本当に、学君を相手にすると、忍耐力を必要とさせられる。 「意地悪だったら、こんな風に、大事に触れたりしないよ。怖いんだろう?」 「こ、怖いけど! た、足りないっ……もっと、ちゃんと、触って欲しい……」  学君は、本当に、良い感じに蕩けて来ていた。初めの緊張が解れているのを感じる。良い頃合いだろう。俺自身も、かなり限界だった。 「オーケー。じゃあ、お互い、先ずは、服を脱ごうか?」 「え!? 自分で!?」  提案すると、驚かれる。全部してあげたかったが、指先がわなないている。困った事に、上手くリード出来る自信が、無かった。 「自分の事は、自分で。……と言いたい所だけど、正直に言うと、俺が遣ると君の服を破ってしまいそうだから」 「え?」 「余裕が、無いんだ。俺も」  苦笑してみせると、ぽかん、とされる。ああ、ちょっと間の抜けた顔も、可愛いな、と思う。胸が、痛くなる。こんな感覚は、本当に、いつ振りだろう。前の恋人には、ここまで感じなかったから、大分前になる筈だ。 「そんな、余裕そうな顔してるのに?」  言われて、益々苦笑いが漏れる。商談の上では表情の変わり難い俺の顔は役に立つけど、恋人関係では、今まで有利には働いて来なかった。学君は、良いように取ってくれているから、有り難い。 「そう見える? それは良かった。はい、脱いで。俺も脱ぐから」 「わ、分かった」  言いながら、先ずはカフリンクスを外し、手首を自由にする。そうすると、学君も、上に羽織っていたフランネルシャツを勢いよく脱いだ。潔さに安堵すると同時に、Tシャツ一枚になった事で明らかになった予想通りの身体のラインに、どきり、と胸が弾む。結果、俺は、追い詰められたと言う訳だ。主に、下半身が、だが。 「良いね。すごく、良い……参ったな……」 「要さん、着痩せするタイプなんだ?」  俺の小声の呟きは、幸いにして、学君には聞こえなかったようだった。ズボンのベルトを外す手を見ないように、自分もウェストコートを脱いで、ワイシャツをスラックスから引っ張り出す。学君にそんな事を言われ、困ってしまった。部活動の着替えのような感覚で居るのだろうか。これからする事を、もしかしたら忘れているのかもしれない。 「どうかな。最近、ジム通いをしていないから、余り見られたくないな。みっともないだろう?」 「俺は、結構好きな感じ、だけど……」  ちょっと摘まめる腹の肉をワイシャツの上から摘まんでみせると、学君は、何故か、顔を赤らめながらそんな事を言った。ああ、本当に、何て困った子なんだろう! 「頼むから、煽らないで! 本当に、いっぱいいっぱいなんだ。ぶっちゃけて言うと、sexは本当に久し振りでね。かなりがっついていると思う。ああ、もう、くそっ!」  ぶち、とボタンが千切れる音がした。下から二番目のボタンだった。くそ、忌々しいボタンめ! 内心焦りながら目線を上げ、学君を見ると、何故か微笑んでいた。ああ、その顔も好きだ。堪らない。 「俺だけ、余裕、無いのかと思ってた……」  言われた内容に驚く。一体、この子は、俺を何だと思っているんだろう。 「まさか! 本当に、余裕が無いんだ。この一週間、欲しくて欲しくて、気が狂いそうだったから、余計にね」 「要さんも、俺が、欲しいって思ってくれてた?」 「欲しいよ。初めて会った夜から、ずっと、君が欲しかった。君に触れて、君に触れられて、極めたいって思っていた」  直接的な言葉を口にすると、学君は頬を染めた。ああ、その上目遣いは反則だな。 「最初の夜から、俺の事、そんな目で、見てたんだ?」 「ごめんね。ケダモノで。幻滅しただろう?」  自嘲気味に問い掛けると、ふるふる、と首が横に振られる。安堵が胸を支配した。 「全然! 俺も、要さんと、イケナイ事する想像、いっぱいしてたから……」  嬉しそうにそう言われて、俺は頭痛がした。同時に、下腹部に限界も感じる。手の中のカフリンクスとボタンをベッドのヘッドボードに投げるように置いて、俺は学君に向き直った。 「本当に、学君は……ちょっと、黙ろうか……」 「う、ホント、ごめん。余計な事ばっか言って」  俺の言葉を悪い方に捉えたらしい。途端に、しゅん、と項垂れる学君の少し長めの前髪を、そっと払って遣る。あの、淡い色合いの瞳が、俺を映していた。想いが溢れそうだ、と思う。苦しくなって、誤魔化すように微笑ってみせた。 「そう言う、意味じゃないんだ。まあ、それより、今は、触れ合おう、と思わないかい?」  言い訳をするより、提案をした方が良いだろう、と思い口を開く。 「うん。その、触って、欲しい。いっぱい。後、俺も触りたい……」 「……お望みのままに」  学君の、飾り気の無い、素直な言葉は、俺の心を確実に貫いた。悲鳴を上げる胸を抑えるようにそっと左胸に手を当てて、俺は、精一杯の決め台詞を口にした。

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